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エッセイ 夢の演説

(※ 萩市佐々並 在住時に執筆)
  
 この時期が最も嫌いだ。突然非常識な大声で、楽しんでいる音楽を妨害する輩が出没する。
 限界集落のさらにはずれにある我が家の前まで選挙カーがやって来る。余程暇なのであろう、おそらく落選する候補者に違いない。

 ちなみに私は数年前から、この国の選挙を一切信じていない。そもそも民主主義自体を胡散臭いと思っている私が言うのも変だが、選挙は民主主義の命である。民主主義を是とするのなら、公正な選挙はどんなことがあっても死守しなければならない……はずである。が、怪しいことがたくさんある。いや、ありすぎる。

 真偽の根拠や証明は横に置いて、こういう激しい思い込みがある私のような人間は、この国に住むべきではないのかもしれない。かといって私は生まれてこのかた、社会主義にかぶれたことなど一度もない。

 哲学には興味があるが特定の宗教には共鳴しない。話す話題によって、その時々で、あくまで相手側から右と左の双方に振り分けられる。私自身は自らの主張に矛盾を感じていない。私に貼られるラベルは、キリがないからなるべく気にしないようにしている。

 天邪鬼なのかコウモリなのかヌエなのか、別にそれならそれでかまわない。そんな開き直りもあって、この世に生を得ておよそ半世紀でようやく身の程を知った私は、世を半ば捨てて、こうして限界集落に隠棲しているのである。

 そんな中、一部の平和主義者の想像力に加速がついたのだろう、安倍総理をヒトラーになぞる記事をたまたま目にした。

 政治には原則興味がないが、歴史に対しては知識の欲がやたらと深くあさましい。瞬間的に様々な疑問や違和感、自らの知識不足を感じたので、私は朝から一大奮起した。

 丸一日、テーマを絞った学習のため手当たりしだいに資料をむさぼる。
 
 まずは、ナチス親衛隊のドキュメンタリーを読んだ。そしてヒトラーの伝承をつまむ。最後は映像記録でヒトラーの演説を聞きながら、ついに疲れてうとうとと寝むりこんでしまった。

 意識が飛んだ時は、日付が変わっていたにちがいない。

 そこで、当然のように、変な夢を見た。以下はその夢の状況である。
 
 私は理由を把握しないまま、しかし、おそらく何らかの自身の行動が災いしたことを自覚したまま、ソビエト、アメリカ、イギリスの役人? 軍人? 警察?  に囲まれ尋問されていた。

 狭く薄暗い部屋の小机の上、直径30センチほどだけが無機質に明るく、脳裏にふと小林多喜二の名が浮かんだ。

 それがいつのまにか舞台が回り、一転、今度は私が演台に立ってマイクにむかっていた。すでに時局が変わり、私は囚われの身ではなかった。

 なぜか片手にまともに弾けもしないギターを持っていて、ふとまだチューニングをしていないことに気付き、それを縁台の脇のギタースタンドに置いた。ギタースタンドは私が持っている安物ではなく、首のところが黄色い樹脂でできていた。

 目の前には溢れんばかりの聴衆が座っている。しかしなぜかその場所は山口市民会館大ホールだった。

 そこで私は威勢良く、滑舌良く、テンポ良く、観客に演説を始めたのである。
 
 演説の内容は概ね下記のようなものだった。夢のあと追いなので、記憶の曖昧な部分、おもしろおかしく、若干内容を脚色している……。
 
 (緊張して、聴きいる大衆……)
 
「みなさん…我々人類の運命、つまり世界史というものはですね、所詮は何者かによって事前に敷かれたレールの上を、ひたすら進んでいるように思えて仕方がないのであります」
 
 (拍手……大きく深呼吸)
 
「まともと思われる、そんな、人間性を有した者が、いくら頑張っても、この世界のシナリオが変わることは、一切、ない、のであります」
 
 (大きな拍手と賛同の声)
 
「間近に隣接する某反日国家群よりは、はるかにマシだと思える、私が住むこの国でさえ、邪悪なものが満ち溢れ、矛盾が矛盾を生み、道理がすべて道端のドブに捨てられているのであります」
 
 (そうだ!)
 
「東電・原発・電通・検察・警察・国会・裁判所・官僚・一流企業・宗教団体・各種業界・慈善団体・農協・PTA・TPP・NHK・DDP・消費税まで……とにかく、ありとあらゆるところに、邪悪な分子がまぎれこんでいるのであります。
 それになんといっても、今流行りの東京都知事、聞くところによりますと、最近新しいことわざが出来たというではありませんか。
 
『虎は死して皮を留め、マスゾエ辞して恥残す』
 
 (聴衆のため息)
 
「とは言いながら、鏡といっしょに足元を見つめれば、私の中にも、叩き潰せないほどたくさんの悪性ウイルスや腐敗した悪玉菌があり、腐臭をプンプンとまき散らし、『サッパリわや』なのであります」
 
 (ささやかな、笑い)
 
 自分で言うのも何ですが……その……私なんかは、まだまだ、かなり善人の部類なのであります。
 その私でさえ、抗生物質と人工甘味料とヤマザキのパンと金と欲で、胃袋から足の指の隙間まで、見事に汚れきっているのであります。

 そう考えると、我々人類は滅びない方が不思議であると…そう思わざるをえないのであります」
 
 (にわかに、ざわめく)
 
「いいですか、みなさん。人類はまさしく、今日に至るまで、地球上のあらゆる生物の長であり続け、権力と食物連鎖の頂点に、長年、凛として君臨してきたのであります。
 しかして、ことここに至りて、どこかの段階で、非常の措置をもって、時局を収集せんと欲し、全知全能の神に大政を奉還する。それこそ我々人類が、生命的レベルで、今後もかろうじてこの地球上に生き延びる最後の手段ではないでしょうか」
 
 (満場一致の大拍手  皆が立ち上がり、ナチスのように右手を伸ばして、斜め上に突き出した)
 
  私は興奮さめやらぬ会場を背に、数名のSPに囲まれながら舞台の袖、いわゆる上手に引っ込み、裏の通路にSPを残したまま、ひとりだけ「講師」と書かれたドアを開けて控え室に戻った。
 
 部屋には大きな鏡と、それを囲むように、赤・白・黄の電球がついている。そうだ、本来ここは化粧直しのための楽屋だったのだ。

  鏡の前のテーブルに緑茶のペットボトルと、折り詰めの弁当が置いてある。そしてその横に、誰かが置き忘れたのであろう、乱雑に折った小さな紙切れが無造作に転がっている。

 それを手にとって開いてみると、なんとそれは私の字だった。
 
《食パン・バナナ・たまご・プチトマト・生姜・台所用スポンジ・キッチンハイター・紙オムツ》
 
「あっ、帰りにスーパーで買い物をしなけれないけない。ついでに薬局も」 

 ところが自分の財布が見当たらない。どこに置いたのか見当がつかない。そもそも手がかりになる記憶がスッポリと抜け落ちてしまっている。
 
 と、焦っているうちに、7時半のアラームが鳴った。

 五感に一感を足した合計六感が、急速解凍されていく。

 そこに待っていたのは、どんよりと曇った、憂鬱極まりない梅雨の重たい朝だった。
 
 

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