予感
なんだか少し嫌な予感がして、近くにあった書店に入り、その辺にある本のだいたい真ん中あたりの頁を開いては、文頭の1文字だけを左方向に眺めていっては閉じる。スリップを棚に引っ掛けないようにそっとしまう。そんなことを行い続けていた。5冊ばかりではない。本の内容は何も伝わってこないが、何かが伝わってくる気がする。息急く感じ。なんと言おうか。
無心に足を動かすうちに、文豪の特集がされたコーナーに留まった。そこには黄色の表紙の本が何冊も並べられていた。そして、奥歯が染みるような、エナメル質が溶けるような気がした。こちらを見やるのは『檸檬』だった。ここは、丸善ではない。地方の書店に過ぎぬ。
狼狽えて目が回る。自分自身に怯え、階段を下る。しかし、階段を降りたくても降りられない。段が終わらないのだ。何かに飲まれそうな、そんな情動に押しつぶされそうになる。そのとき、辺りが暗闇に包まれた。けれどもそれも束の間、再び明かりに包まれた。そこには、浴衣姿の薄白い女が立ち尽くしており、レモンを片手に持ち、すぐさまよく分からぬ方向に投げつけた。丸みを持った角はカルデラのようになり、紡錘形は冗談であったかのように凹んでいた。
先程のコーナーを見やると、そこは芥川の写真と数多の書籍が置かれており、女は先程よりも骨が浮き出る様で、今にも折れてしまうのではないかという恐怖を少し抱えてしまうほどになっていた。
カタカタとエスカレーターが下りを促す。
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