これからの海に漕ぎ出す人は新しい船で 新しい水夫が乗って

宮本常一や種田山頭火の本を読んで しみじみと地方をたずね歩きたいと考えて旅をした時期がある

旅人からすっかりと足を洗い 仕事も捨てて名刺も返上し無冠になってしまった

すっかり身が軽くなったのは良いが あれこれ首を突っ込んで理屈に参加してしまうクセが抜けきらない

バックストレートを全速力でぶっ飛ばす人は応援するものの 高みの見物でいいだろう

僕にはもう出番はないんだから

未来の海へは未来の船で 新しい水夫が操縦していくのがいい

旅を少し振り返ってみることにします

✻ ✻


懐かしむ

四十年ほどバイクツーリストをしていた

歴史は着々と変化をしてゆくなかで その時代がどのような背景に嵌め込まれていたのかを考えてみると 過ぎ行く時間や目まぐるしく新しくなっていく便利さや不便さが 懐かしく思える

だが、それを考えてあれこれと言ってみたところで 『昔は良かった』的な話と すでに自分が時代に取り残された『古い時代の』人であることを 明確にされるだけで 悲しさが滲むだけである

だから そんなことはやめよう

衝動的に

いったい何があれほどまで僕を惹きつけたのだろうか

全く愚かであったと今なら思うような旅であったのに 全く自分を疑うこともなく 危険も常識も世間の声も心配にも耳を傾けることなく まさに我武者羅に旅に出たのだ

そこまですることもなかろうにと思った人があろう。家族は心配をしただろう。人生の第四幕を迎えてから思うに 自分にあんな愚かさを通せる勢いがあったのだから 自分でも不思議になる。人には おそらく誰でも一つくらいは 脇目も振らず 周囲も見ずに突っ走るような力があるのだと言うことなのだろう

惹きつけるもの

何がそうさせたのかを掘り起こすのは 少し怖いし 今更掘り起こしても仕方あるまいと言う気持ちがある

冷静になれば 見えてくるものもあろうが 暴走な旅であったことを冷静に呼び戻して考察をする必要もなかろう

現実逃避

旅先の野営場で焚き火をしながら 『何故 旅にくるのでしょうね』と話した人があった

現実逃避」だと短い言葉でそう呟きながら 心の中では様々な現実への憎しみが渦巻いていたのだろう

その言葉に大きく頷いて 気持ちは通じてゆく

ポツンと

あのころは『ポツンと一軒』だけの家が珍しかったわけでもなかった。社会もそれほど注目もしないし 面白がったりもしなかった

また そのような鄙びたところに憧れるとか行ってみようとすることが 流行りでもなく目立つものでもなく 一目置くようなものでもなかった

『ポツンと』は 唯我独尊的で孤高な息使いに溢れていた

雛をゆく

バイクの一人旅は 誰も注目もしないけれども 孤高に胸を張っているような山奥へと惹かれていくのだ

日本中でここが最高とどれもが横並びになるような山深い鄙びた山村を巡った

そこには人が居て ヒトとして自分を見つめるための静けさと素朴があったのだ

地図を見て雛な場所を探す

そこは なんの手がかりもない場所で 観光案内もパンフレットもないところだった

スマホ

四〇年の一人旅人生に区切りをつける心の準備をし始めたころに 偶然の変化がいくつか重なった

携帯電話が普及し、カーナビが出回り、高速道路が整備され、ETCを使う人が増えた

さらに、やがてスマホが一般化し、情報はいつでもどこででも手に入るようになる

天気予報やキャンプ場や観光名所や道路情報を完璧に事前に入手して旅をできることによって 新しいページを開くことができる

そのことは理解できるのだけれど どうしても 旅の『色付け』や『味わい』が変わってしまうしまうのを受け入れられなかった・・とざっくりと分析している

バイクとの別れ

(トータルに人生を見直して)新しい生き方を 考え始めて 次のステージに出会ったときでもあったので 悲しいけれどバイクを手放した

四十年間、三十万キロの旅をバイクとともにして来たのだけれど 新しい旅の形と 新しい生きる愉しみを探すことにした

これまで家族を置いてけぼりにして 一人で休日を過ごした日常をがらりと塗り替えてしまう

簡単には新スタイルが出来上がるものではないけど まあぼちぼちである

孫もできたし 人生の第四幕にもやはりスポットライトは当たらないものの 上手に幕を閉めたいと考えている

余談

あのころは 就業の都合をつけて 連休は必ず最大限になるように取得した。GWや夏休みは 十日以上の休みにして旅に出た。家族は心配をしたに違いないが そんなことは御構い無しであった

後で考えると なんと酷い事をやらかして来たのかと思う

「ポツンと」のTV映像などで山深い道路が映し出されると そんな道を血相を変えて走り回って居たころのことを思う

もしもあの時にあの谷底に転落してしまっていたらと思うと 昔を思い出すことさえ辛く 思い出に浸るなどというような甘ったるい気持ちは冷めて 申し訳なさと恐怖が混在して今に蘇ってくるのだ

ツーレポ

【バイク】小さな旅
【バイク】旅の軌跡