秋の夜や子どものように駄々こねて  [第54話]

都会に住むと秋が深まるのに気付かない。でも、所沢の並木町あたりは街路樹が少しあり、徐々にそいつが色づいていたような気がする。今は航空公園という駅ができているらしいけれど、私がいた頃は大学から新所沢まで20分以上かかって歩いた。研究室から正門を出るまでが長かった上に1キロほど歩くのはやや長いと感じたものだ。

何事も懐かしく思い出される。

大学病院の患者棟の無数の窓が、光る虫を集めたように、幾つもの点になって白く冷たく輝きを空に放っていた。街明かりも疎らな所沢の薄暗がりのなかで、病院の明かりを異様なほどに近代的だと感じたものだ。

あの日も、秋の夕暮れが奥武蔵の山々を赤く染めていたことでしょう。西武線に乗って私は銀座へと向かったのです。

いつものように私から電話を掛けたのだろう。誕生日が近い今ごろ─そう、ちょうど26年前の今ごろに─「ねえ、ご馳走するよ、いつものところで」と鶴さんは言い出した。

二人が落ち合うのはソニービルの前と決めていた。それから当ても無く銀座を歩いて、食事をしたりお酒を飲んだりした。ひと足先に卒業して銀座の会社に就職した彼女は、お姉さん気取りで私を誘ってくれては貧しい学生の私に美味しいものを食べさせてくれた。満足するまでお酒を飲ませてくれて、声が枯れるほど喋らせてくれた。

ソニービルの壁に身を寄せながら私を待っていた彼女は、この上なく哀しいほどに無残で貧しい格好の私が雑踏の向こうからやって来るのを見つけても、とろけるような笑顔で迎えてくれて「さあ、行きましょ」とビルの裏通りへと連れて行ってくれた。

二人で並んで歩くと、鶴さんのふんわりとした胸が私の肘に、時々触れた。それは鶴さんの身体に触れていると思えないほど柔らかく暖かかった。そのたびに私の身体のそこらじゅうが、ピンと張り詰めた。アルコールで乾杯をしたあとも、酔いしれてゆく意識のなかで、酔っていないような錯覚に惑わされながら、私はとろけてゆくのでした。

秋の夜や子どものように駄々こねて ねこ作

夜が更けて、私は駄々をこねた…ような気がする。
離れたくない、いやだ、あなたについて行くんだ、と。

続く