見出し画像

約束

2009年12月、雪がちらつく満月の夜
月の出を撮影するため頂上手前の立石峠でカメラを構えていた
一台の車が通りすぎた
20分ほどすると、同じ車が引き返してきた
男性が車を降り、「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれた
高越寺の住職だった
寺からの帰り、夜に車が止まっていたことが気になり
途中で引き返したとのことだった
「写真を撮っています。ご心配をおかけしました」
と、少し話をして
「気を付けて帰ってくださいね」と言葉をもらい、住職は帰った
最初の出会いだった
山は普段以上の気遣い、助け合いが必要だと住職から学んだ
それから、車には自分用以外の防寒着や長靴、食料などを積むようになった
フロアジャッキやウインチ、ワイヤーロープ
何があっても無事帰ることができる道具も積むようになり
雪山で脱輪している車を何回も助けた
助けられる道具がこの車にはある
国道を走れば乗り心地も悪く、道具が重くスピードも出ない迷惑なこの車が
雪山では救世主のような扱いをされる
不思議なものだ
あの時の住職の気持ちが少しだけ理解できる
住職は言葉を以て人を助けてきたのだろう
それから住職の車とは高越山ですれ違うこともしばしば
雪山ではタイヤ痕で先に登ったのが住職と分かるくらいになった
年月は経ち
2014年12月6日大雪
高越山で住職と寺で働く男性が不運の遭難事故
雪にタイヤをとられ脱輪し、そこから寺まで歩いて向かう途中で力尽き
雪に閉ざされ2人とも亡くなった
季節外れの大雪、雪山用の装備もしていなかったようだ
同じ日、私も高越山に登る予定だったが、急な用事で行けなくなった
遭難事故は次の日のニュースで知った
何のための車の装備だったのか
もし同じ日に登っていたなら何かが違っていたかもしれない
車に積んでいた使い捨てカイロ2箱を地面に投げつけた
住職との約束は「無事帰る」だったはず
果たせなかった約束があるから
夏でも雪山用の救助道具を車から下ろせない




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?