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シンデレラボーイ、ギンギラを目指す。



第1話 おいおいおい。

 2046年10月31日。
 明日から11月になるというのに外はまだまだ暖かい。リビングに注ぐ日差しが心地良い、そんな昼の12時半頃。俺たちのシェアハウス。

「おはよ」
「はよ」

 冷蔵庫から好みのドリンクを取り出し、それぞれ専用のソファに座る。

「そういえば、今日で最後かぁ」
「ん?何が?」
「紙幣、使えんの」
「あ、そっか・・・今日が使える最後の日か」
「だからってさ、ハロウィンと重ねなくても良くね?」
「参加したいのか?」
「どっちに?」
「どっちにって、ハロウィンに決まってんじゃん。他になんのイベントあんだよ?」


 お互い30分ほどダラダラやりながら、身支度にもう30分。遅い朝食へと出かける。
 近所のラーメン屋、隣接するカフェでアイスコーヒーを飲んで微睡んだ後、先週手に入れた中古車で試運転兼ねてドライブへ。

「昭和の車って、クセあるな。加速具合半端ねーし」

 不慣れな俺の運転のせいなのか、助手席でヨージが何度も欠伸。

「ダメか、退屈か?この車」
「いいよ、欠伸出るほど快適だし」
「運転下手で悪かったな」
「あーあ、生きてる間にお札が紙切れになる日が来るとはなぁ」
「意外と早かったな、こんな時代来るの」
「やーっぱ俺、人生最後の万札でもおろしてくるかなぁ」

 そんなことを言い始めたヨージのために、俺は次の交差点を右折。

「マジで銀行行くのか?」
「おー。閉店まであと3分。あそこの銀行前でいいや。道混んでて路駐厳しそうだな。この辺一周してろよ。俺、絶対90秒で出てくるから」
「オッケー、じゃあな」

 銀輝(ギンギラ)銀行の前でヨージを降ろした。

 入り口の階段を駆け上がるヨージ。それを横目に俺は言われた通り、この界隈を一周開始。

 店内客だらけじゃねーの?手続きに手惑う高齢者とか絶対いるだろ。とはいえ、一年前から移行手続きは始まってた。今更大混雑ってこともないか。

 銀輝銀行〜ファミレスのシアサッテ〜ビル〜ビル〜薬膳料理此処園飯店〜工事中ビル〜公園〜左折〜カメラのキタマチ〜ウナギ駐輪場〜お地蔵さん〜ビル〜ビル〜警察署〜ビル〜ビル〜左折〜先月できた爆安量販店メガ・ホウ・ジャローテを左折〜ビル〜ビル〜ハンコ屋のイモリン〜ビル〜銀輝銀行の前に再び到着。よし、これで90秒経ったろ。

 銀行前になんとか横付けしたところで丁度ヨージが走って出て階段を降り・・・あれ?こっちに気づいてないのか?おいおいおい、何処へ行く?

「ヨージ、こっちだこっち!」
大声で呼び止めたらバツの悪い顔してこっちへと駆けてきた。
「車、わかりにくかったか?」
「周囲に迷惑、早く出せ」
「イエッサー」

 ヨージの要求に快くアクセルを踏んだ。
 銀行から飛び出てきた誰かが、こっちに何か投げたが、さすがの俺の運転捌き、全然届かねえし。昭和のレジェンドカー舐めんなよ。

「おい。どした?靴。なんかついてんぞ?」
 ピカピカ光る液体がヨージの右足踵から外側に向けてベットリついていた。
「あ?これ。札束奪って逃げたら、後ろから誰かに投げつけられたみたいで靴に着いた」
「あぁ??札束奪って逃げただぁ?」
「え?あ、そっちの驚き?えー、だって明日には全部紙切れって、散々世話になった札束に申し訳ないだろ。それに、もう札束の強盗は一生できない。今日、俺と同じことしたヤツ日本でいっぱいいるだろうな。・・・くっそ、絶望的イベントだ・・・」
 そう言いながらスカジャンのジッパーを引き下ろすヨージ。万札束が足元にバタバタこぼれ落ちる。

「閉店3分前なのにさ、高そうな服着たばーちゃんがバッグ開けて『このお金どうしてくれんのよー!もう紙切れになるじゃないよー!』って泣き叫ぶからさ、んじゃ俺がもらってやるよ、少しは軽くなるだろ?って感じで。俺優しいだろ?」
「ばっっっかじゃねーの!」

 よく聞けば窓口で犯した銀行強盗ですら無え、ダッセー!一番ダッセー!!いやそうじゃねえ、ダサかろうが強盗だ、一体何やってんだこいつ!

 お前の話、ちゃんと聞いてから車を発進すべきだった。何犯罪加担したことにされてんだ俺。


第2話 やれやれやれ。


 この際逃げて逃げまくってどっかの草むらでちょい仮眠して再び走って港に停泊中の外国船で密航でもできてりゃ最高の青春ドラマにでもなったんだろう。けど逃走から17分後、俺たちは行く先々でパトカーに追われ、塞がれ、あっけなく停車。降参。

 呆れ尽くした顔の警察官が俺たちのところへとやって来る。

「朝から何件銀行強盗起きてると思ってんだお前ら!流行りか!?サヨナラ紙幣祭りか!?銀行ホイホイか!?体に紙幣貼り付けてハロウィン祭りやるってか!?歴史ある日本紙幣と日本の警察舐めんのもいい加減にしろっ!」

 そう怒られながら引っ張り出され、すぐ横のパトカーへとぐいぐい押し込まれる。

 ヨージは捕まってもいつもと同じような顔しやがって、車窓から空を見上げて言った。

「おまわりさん。日本って狭いねえ。無くならないでゆっくり生きていい場所ってねーのかな。ゆっくりがダメなら、せめて一晩だけでも俺がシンデレラボーイになれる場所なんて、もうこの日本にはねーのかな」

 なんだそれ。何こんな所でポエってんだよ。
 それよりまず俺に謝るとかないのか?ヨージ。
 やれやれやれ。

第3話 まじかまじかまじか。


 逮捕後のことは、取調室でカツ丼が出てこなかったこと以外、正直よく覚えていない。

 5年ほど前から罪が確定した者は、GPS機能のついた極小カプセルを体内に埋め込まれる。そのための措置だろう、俺たちは深い眠りにつかされた。

 目が覚めたら路上に一人で倒れていた。

 生まれたてのシカの如く、ブルブル立ち上がった。

 見たことない場所の交差点。
 信号機は死んでいるのか光ってない。
 
 交差点角、たばこ屋の看板。

 中から声がする。

「こっちへ来なさい、新しい更生者よ」

 どうやら俺を呼んでいる。

 恐る恐る近づく。
 たばこ屋の狭い窓口から人が見えた。

「今日からあなたはこの『ひまわり更生施設』、略して『ひまわり』通称『ヒマカン』の住民となり、更生に勤しんでもらう。あなたは幸いにして刑が軽い。短期間ながらここ『ヒマカン』でしっかり精進し励むこと。住まいはこのビル2階202号室。部屋の鍵はこれ。室内にルールブックがある。熟読し、なんとか生き抜くこと。以上」

 ・・・ざっくりな説明。
 正直まだ覚醒途中で理解は半分程度。
 無言で会釈。鍵を受け取り、部屋へと向かった。

 古びた造りのマンション。壁に数カ所ひび割れ。薄暗い廊下を歩いた端から2番目の部屋・・・やっと覚醒。

 鍵を開けると、狭い玄関横にミニキッチン。洗濯機置き場。このセメントブロック模様の壁紙。俺のセンスじゃねえ。トイレとシャワーブースが分かれてる。小さい冷蔵庫に低い足のベッド。奥のぶら下がった丈が短いカーテンを横にスライド。人2人立てる程度のベランダ。部屋の真ん中には見たことない流線形の透明テーブル。その上には例の・・・これがルールブックか?・・・ってこれ、昔ばーちゃんちで見かけた旅の栞じゃあるまいし、手作り感スゲエ。想像を絶する薄っぺらさ。その横に、ん?仕上がりチープな茶封筒。鉛筆で、"当面の生活費(仕事始めたら返してもらうよ)"の最後にハートマーク!

 3万円入ってる。今となっちゃ過去の紙幣。
 あの日おしまいにされたお札が、ここではまだまだ有効だとは・・・。まじかまじかまじか。

 ルールブックがとにかく薄すぎる。


第4話 なるほどなるほどなるほど。


 10年程前から日本の人口が急減。その影響で人の途絶えた場所や荒廃エリアが全国爆増。その多くを国が買い取り、内4箇所を更生施設として再利用。全国から志高い警察OBや入所OBの強者達が集結。試験を経て、一生涯の更生サポーターとなり移住。所内には経営者、講師、医者、セキュリティチームなど、入所者へのサポートを惜しまず共存、生活している。入所者は職業自由。尚、所内では出所後の生活が円滑に送れることを想定し、紙幣旧紙幣を利用再利用しています・・・なーんてことが、フリーイラストと丸文字フォント駆使して作成されたルールブック。ここを押すと声フォントが読んでくれるよっ!おぉ〜なるほどなるほどなるほど・・・って、説明がざっくりすぎでわかんねーことだらけだわこっちは!

 たばこ屋の人は、どっちのOBなのか・・・。

 それはそうと、ヨージ、どこの施設へ入ったんだろう・・・。


第5話 ずらりずらりずらり。


 とにかく俺は、さっさと更生期間をクリアして家へ戻ろうと心に誓った。でも考えれば考えるほどヨージのせいで俺までこんな場所に・・・と腹立たしくなってくる。

 そういえば下のたばこ屋、階段途中に"アルバイト募集"とか張り紙してたな。店番かな、さっさと金返済しとかないと更生期間延長されるかもしれない。やってみるか。早速たばこ屋へと向かった。

「あたしは通称リクコ。入所OB。この仕事、私には天性。警察OBに入所OBのコラボワーク、想像しただけでもう胸がワクワクしたよ。あっちの社会で善と悪に振り回されてきた両方が、こっちでタッグを組む。なんかかっこいい。見かけはただのたばこ屋ババア。しかし本当はヒマカン社会のバランスを見定める監視員でもあり、最強のリーク屋だからね。あたしの感覚良し悪しで、あんたの更生期間なんかどうにでもなるんだから」

 リクコさんは葉巻をジリジリやりながらニヤリ笑った。

「あんたの仕事場はこっちだよ」

 そう促され向かったのは、たばこ屋の奥にある部屋。無数のモニター画面がずらりずらりずらりと並んでいた。

「1時間監視したら休憩15分。目を休ませないと大変だ」
「他にメンバーは?」
「いるさ、今パトロール中。大半警察OB。いざという時人数増えるから」
「いざという時ってどんな時だよ?」
「色々あるよ、生きてたら。あんたも覚悟して生き抜け」


第6話 バクバクバク。


 俺はしばらく監視ルームと自分の部屋、たばこ屋正面にある警察OBがやってる定食屋『くいーなたべーな』、この3カ所の行き来で生活していた。

「あんた、たまには気晴らしに散歩してこい」
「・・・けど、ヤバいエリアとかあんだろ?」
「ある。あんたがここで今日死んでも、誰も驚きゃしない。覚悟して出かけろ。常に匂いと音に考察かけろ。金は少量持参。言いがかりには乗らない、ヤバけりゃ走って逃げるが勝ち」

 俺は覚悟を決め、散歩に出かける。

 ここへ来て殺気を感じたことはまだない。交差点を渡り、『くいーなたべーな』の前からしばらく直進すると、両脇に商店街の街灯、中央に"いとたのしモール"とうっすら書かれたデカい看板を目にする。仄暗いアーケード。シャッター商店街と化した中で、何軒か開いた店。醤油出汁の匂いや、パチンコらしき騒音、クリーニング屋の圧縮されたような熱い空気。前に進めば進むほど、体がどんどん緊張していく。

 ん?どこからだ?
 複数の怒号や叫び声が聞こえた。

 と思ったら聞き慣れない音。・・・あれが銃声か?
 複数聞こえたぞ?横か?前か?路地裏か?

 やっべ・・・逃げなきゃヤラレる気がする。

 即座にUターンし、必死で走った。

 早く、早くリクコさんに報告・・・。

 『くいーなたべーな』の看板が見えた途端、安心したのか足がもつれて転んだ。もう走れない。

 最後は匍匐前進でたばこ屋に戻れた、助かった。
 中じゃリクコさんが他のメンバーと忙しく会話中。

「あんた大丈夫?」
「聴こえた。"たかゆかしきモール"の奥」
「ほとんど合ってない、"いとたのしモール"が正解。で?銃声聴こえた?何発?」
「多分、5〜6発。それ聴いて走って逃げた」
「大正解。現場の情報だと3人ヤラレた」

 マジか・・・。
 なんで更生施設で銃なんか持てるんだ?狂ってるよ。

「なんでもアリだから、ここ。最近一部エリアが絶賛抗争中なんだわ」
「そういえばあの、リクコさん」
「何?ムシカ」
「バラカンの方も最近騒ぎが増えてるらしいですよ」
「新しく入った奴らが威勢良いって本当なんだ」

 他の更生施設『バラカン』。
 そこにヨージがいるんだろうか。

第7話 だれだだれだだれだ。


 俺が監視モニターで他のエリアもチェックできるのを知って、俄然バラカンのことが気になり、リクコさんに歴史を聞いてみた。

「昔から何かと華やかなエリア。特に昭和の時代、好景気に湧くバブル期が到来。海外旅行にブランドファッション、高級ホテルに高級輸入車。お金があればなんでも手に入れられた。先読み好きな時代屋に振り回された多くの国民が、真っ逆さまの堕天使になったり、夜な夜な泡沫の夢に踊り舞い、ギンギラに輝いた。今振り返ればみんなシンデレラだった。あのエリアも例外じゃない。そんなバブル期がまさに泡の如く消え去り、エリアも心も冷え切った頃には人口減少が顕著となった。他にも色々理由が重なって今はバラカン。このままじゃ今後も消える町は増える。長年平和ボケして、社会の仕組みに危機感持たず暮らしてきた日本人のやってしまった結果だから、じっくり時間をかけてやり直すしか方法はない」
「リクコさん、その『バラカン』って本当の名前は?」
「こんだけ喋ってやったのに、質問するとこそこかっ!バラ色更生施設、略して『ばらいろ』通称『バラカン』だよ!」

 なんでバラだけバラ色なんだよ?だからカンって何だよ!
キレなくてもいいだろ、はいはいバラカンで了解。

「あそこ、例の紙幣終わる前日に全国で銀行強盗やらかした奴らが何人か入ったんじゃなかったっけ?」

 マジか・・・。
 入ったヤツって・・・だれだだれだだれだ。

「リクコさん、バラカンにヨージってヤツいるの、聞いたことある?」
「あんたのツレかい?ヨージ・・・あぁ、確か昨日、バラカンにあるスナック『飲んじゃイーナ』で派手な飲み会やってた軍団の中にいたヤツじゃないの?」
「軍団?!」
「ムシカ、あんた情報知ってんでしょ、教えてやんなよ」
「ヨージって奴・・・確かいたはずです。同時期入所した若い連中と意気投合グループ結成。バラカンの一部で最近人気上昇中です。メンバーがこれまた・・・バブル期に流行った、肩パット倍の倍でよろしく!のラメ入り派手スーツが滅茶苦茶似合うイケメンが多いらしくって、片手バック転とか簡単にやってのけるそうで・・・。入所OBが多く経営するスナック界隈では、チーママ主催で推しメン投票や、彼らをゲストにバカ飲みコンテストが盛んで、それまでダントツ人気だった白スーツにカメムシカラーシャツ、ティアドロップサングラスが定番の"アイパーニヒル軍団"が『もう〜〜!やっだぁーーん!!』って置き去りにされたまま夜な夜な泣いてるってもっぱらの噂です」

 ファッションと悲哀になんかギャップあるな、アイパーニヒル軍団。しかしあんな群れ嫌いなヨージがグループ結成って、全然想像できないんだが。

 警察OBの長身ムシカさんが、その後も直立不動に笑顔でバラカン情報を教えてくれた。そのほとんどがどうでもいいゴシップ話。興味無さすぎで、途中から完全に聞き流した。

「犯罪は起きてないにしても、セキュリティチームがいつまであのグループを静観するのか気になるね」
「リクコさん、結局奴らはバカな飲み会がしたいだけでしょう?あ、リクコさん、シャンパンタワーってなんですか?お姫様抱っこって?ラブゲームって?メリージェーンって?」
「ムシカァ。あんたはあのエリアの華やいでた頃を知らない上に、古き良き時代バカにしてる。人は確かにあのエリアから一旦消えた。でも土地に根付いた魂はまだ根を張ったまま消えちゃいない。むしろなんとか復活できないか今ももがいてる。そんな魂があそこにやってきた人間全員とタッグ組んで、心地良いエリアに戻れば、いつの日か更生施設は閉鎖、また活気が湧いて人口増加へと返り咲く可能性だってある・・・まぁ、今んとこあたしの勝手な願望だけど」
「そう上手くいくのか?ヨージ達の様子聞いてると無理だろ。あいつら、一体何やってんだ・・・」
「何って、彼らなりの思考や行動で良くなるよう生きようとしてるだけなんじゃないの?」

 リクコさんは、俺の苛立ちに同調する様子もなく、さらっとそう言いのけた。

「あんたはいわば冤罪的にヒマカンに入ってきたけど、ヨージは自分から銀行強盗起こした張本人。考察するに、魔が差してやったんじゃない、多分。ヨージにとって紙幣の無くなる日本は、致命的だったのかもしれない」
「致命的・・・?」
「あたしさ、自分から決めてここへ来た、後悔してない。時代に遅れてようが自分の歩幅くらい自分で決めて進みたい。ヨージの行動、今のあたしならなんとなく読める」

 長年俺はヨージのこと一番理解してると思ってたけど、そうじゃないかもしれない、段々そう思い始めた。


第8話 しかししかししかし。


 捕まる前のヨージ。
 シェアハウスで過ごすヨージは、いつも飄々としていた。年中行事や派手なイベントには興味を示さず、外出先のニッチなカフェで一人古い漫画を読み耽るような、群れ嫌いな人間だった。しかししかししかし、そんなヤツが突如銀行強盗。今じゃ更生施設で目立って話題になってる。

 あの時の呟いたヨージの言葉・・・。
 日本が狭いとか、ゆっくり生きていい場所とか。しまいにゃ前文撤回するようなシンデレラボーイになれる場所とか。

 ヨージ、おまえいつだって俺とゆっくり生きてきたじゃねーか。


 それから2日後、ヒマカン内の数カ所で縄張り争い激化。監視ルームに複数のセキュリティチームが集まり、沈静化に向けて連日会議を繰り返していた。

「ヒマカンも歴史を辿れば色々あったエリアなんだろ?」
「ここは元々出稼ぎにやってくる独り身が多かったエリア。一匹狼なタイプが好む場所。昔の残り香も魂も充分残ってる」
「会議は増えてるし、気が気じゃねーよ」
「あんたが今まで気にしてなかっただけで、縄張り争いなんて世界中何処でも起きてる。ここへ来なきゃ一生関心向かなかったタイプだわ」
「俺、最初、アルバイト募集って、たばこ屋の店番だと思ってた。全然違うんで驚いた」
「あんたはここに居座る人間じゃない。だから採用を決めた。今まで33人と面接して初めての採用だ」
「え、初めての採用?マジで?」
「あっちでもこっちでも人生諦めてわざと罪増やして更生期間延ばすようなヤツじゃ困るんだよ。あんたは絶対そんなことはしない」
「イマイチスッキリしない採用理由だな」
「あんたは外へ出たら、必ずここで見たこと、仕事したこと、世間に伝える、全部正直に。わかった?敢えて決めつけるなら、ここへ来ることになったあんたの理由はこれ!」

 俺は確かに早くここを出たい。けど、リクコさんやムシカさんの仕事っぷりを軽視するほどバカ野郎じゃない。二人ともどれだけヒマカン・ラブなんだ。ここで生きる覚悟が漲ってる。

「ジロジロ見るな。仕事しろ」
「はいはいわかりました」
「生きてんだからそりゃバラカンも『シラカン』も『ガーカン』もあんたもどんどん変化するよ」
「出たよ、謎の通称『シラカン』、『ガーカン』」
「ムシカ、あんたの出番だよ」
「あー知らなかったのか、残り二つの更生施設は『白百合』と『ガーベラ』です」
「わーそのセンス。白百合のシラなんかもう花の色だよ」
「わかる。俺のせいじゃないが、ひとまずごめんなさい」
「あ、いや、俺こそ突っ込みすぎた、ごめんでした」
「世の中謙虚な奴らばっかりなら監視も楽だろうな」
「なぁリクコさん、更生中になんで他人と揉めるんだ?」
「罪の重さで終身や長期が確定すると、年齢によっては終の住処をいやでも意識する。人生一度きり。ここで一旗あげたいヤツもそりゃ出てくるって話」
「旧紙幣も有効ですしね。お札だからこそやる気が起きる人もいますよね」

 そうかもな。
 紙幣って、人の心や価値観を揺さぶる良薬にも毒薬にもなる、すげえアイテムだ。そんな話をしていた時。

「こちらーバラカン、こちらバラカン、応答どうぞ」
 「はい、こちらヒマカン」
「本日夜、バラカン入所者ヨージ率いる『ニューバブリー軍団』がイベント決行!との情報アリ」
「イベント?なにそれ。その情報どこから?」
「軍団に骨抜きされた『昇天パブ:意固地』のチーママ:ニュルリンさんほか、多数のタレ込みです」
「何だそれ、メンバーにフラレた腹いせでチーママ達がタレ込んだのか?」
「いえ、先日『うちの店で大暴れしてーっ!』って多くのチーママ連中が集まり小競り合いになった中で流れてきた情報だと思われます」
「なんならチーママ達の方が暴動起こすんじゃ?」
「この情報だけじゃただのイベントか暴動に発展するのかわかんないね」

 イベントか、暴動か。
 ヨージ、一体何企んでるんだ?

第9話 シンデレラボーイ、ギンギラを目指す。


 バラカンのタレ込み情報を気にしながらも、こっちはこっちで監視を続けなければならない。

 19時前、ボヤ騒ぎ。場所はここから近くの古い民家。俺とヒムカさん他数人で現地に向かい、バケツリレーで21分後に消火。怪我人は出なかった。

 20時を過ぎてヒムカさんと休憩タイム。たばこ屋の小窓が防弾ガラスでできてるとか、警察OBの中に他国で傭兵していた人がいるとか。にしても、ムシカさんのウンチクは幅広い。こうやって俺の休憩時間を常に妨害する。

 21時16分。巡回チームが"いとたのしモール"の路地裏で怪我人を発見、病院へ。一命は取り留めたが、外傷箇所複数でしばらく入院との報告。

 22時過ぎ、リクコさん他みんなで定食屋『くいーなたべーな』のテイクアウトを交代で食す。二等辺三角形のおにぎりが今夜は特に腹に沁みる。

 23時ジャスト。残り1時間。
 23時になった途端、巡回中メンバーからどんどん報告が入る。
「たばこ屋交差点のスピーカーから今音楽が流れてます!」
「商店街の小型ホーンスピーカーから曲が流れてます!」
「2丁目のホテル街にもワンワン響いてます!」
「6丁目のなかよし公園からも聞こえるぞ!」
 室内スピーカーからも曲が・・・これ、なんか聴いたことある曲だな。
「ハッキングですか、これ」
「これ・・・ディスコの定番『君の瞳に恋してる』じゃん!」
「リクコさん!全施設で『君の額に殺してる』が流れてるようです!」
「コルァムシカァーー!昔に興味ないからってうろ覚えも大概にしろやっ!『君の瞳に恋してる』byボーイズ・タウン・ギャングだ!」

 リクコさん詳しい。よっぽどこの曲好きなんだな。

「あ、バラカンより中継入ります!お、このビルは・・・伝説のディスコが入ってるビル」
「あたしに言わせろ!その名も『ナハラジャージャ』!!」

 そう絶叫すると突然リクコさん、椅子の上に立ち上がり踊り始めた!

「ダメだってばー、仕事中にこれ流すのー。体がビンビン反応すんじゃん!もうー!」

 何歳だ?リクコさん。
 キレッキレじゃないすか、ダンス。
 え、他の監視メンバーも腰が何気にクイックイ揺れてる。

 モニター画面に映ったディスコ『ナハラジャージャ』では、派手なファッションに身を包んだ人間がみんなで同じダンスを繰り返している。

「おー!ネクストナンバー、バナナラマの『ヴィーナス』だ!さてはDJ、王道の王道行く気だ、いいねいいねー!」
「リクコさん!盛り上がってる場合じゃないから!あっちもこっちもハッキングされてる、なんとかしないと」
「こっちも見て下さい、バラカンのスナック界隈があちこちディスコと化してます!」
「しかし昔の衣装よくあんなに残してたな!あー!あそこのトサカ頭な婆ちゃん、後ろのホックちゃんと留まってないじゃんよー、誰かなんとかしてあげろ!」
「各施設同じ現象が起こっています!フェスティバルエーンドカーニバル状態です!」
「リクコさん、これまさかのまさか、裏で激しい抗争とか起きてないよな?魑魅魍魎騙し絵図じゃないよな?」
「こちらバラカン。騒ぎの主犯突き止めました、やはり『ニューバブリー軍団』のようです!」

 やっぱりヨージ達の仕業か!

 23時半を超え、遂にリクコさんは踊りに集中、仕事を放棄した。俺は呆れながらも踊り狂うリクコさんの椅子を支え続けた。

「こちらバラカン!ディスコ『ナハラジャージャ』から軍団が移動します!バブリーファッションの面々が彼らと合流。どうやら商店街へと向かうようです」

 んわー、参加者増えてんぞ!
 モニターで見る限り、その多くが全力でダンスを楽しんでる。

「ここでまさかまさかのマイケル・ジャクソン『スリラー』オンエアー!さぁみんなダンスどうするどうする?」
「みんなあやふや見よう見まねでダンス闊歩してます!左右振り上げた手がバラバラです!さながらスリラーです!」
「いいじゃーん、平和じゃーん、最高じゃーん!」
「リクコさんリクコさん!踊りより顔の方がスリラーだよ!」

 このカオスな舞いの先頭にヨージがいる。
 ヒマカン各所でも舞い踊る様子が目に入る。

「こちらバラカン、商店街中継。先頭にいたはずのニューバブリー軍団が見当たりません!」
「え!?消えた?」

 モニター画面のどこを切り替えても奴らはいなかった。

 そんな中、エアプレイされた曲・・・。

「『ダンシング・ヒーロー』じゃんー!!もうサイッコウ!!」とリクコさんが最高潮に!いつの間に着替えたんだよ!?なんだよその派手な羽付き扇子、どんだけ服ピッチピチなんだよ!

「バラカンにだけは面接いけないって、行ったらもうあたしまたディスコ通って仕事になんないからって自制したのー!ちゃんと自制したのよ、だからヒマカンに決めたのー!でもこんな踊れとばかりにオンエアされたらもう、あの頃の自分を抑えられないっ!♪今夜だけでもシンデーレラッボーイ〜♪」

 シンデレラボーイ・・・!!
 
 バラカンからの中継があちこち切り替わる中で、いきなりヨージ達が映った。ブルーのギラギラスーツがマジ似合う。繁華街を外れ、どこかへと向かっている様子。

「ヨージ!!お前、一体どこへ向かってんだ・・・?」
「彼らは・・・バラカンのたばこ屋へ向かってる模様です!」

 え!たばこ屋?!

「たばこ屋が見えました!お、入り口警備3人がヨージの背後にいるメンバー達と大喧嘩!」

 屈強そうな警備員が画面からズルズルフェイドアウト。

「ええ!?ここへ来て暴動!?もう踊ってる場合じゃない!ムシカ、どうなってんのよ?!」
「クリコさん、ヨージ達が内部へと侵入してます、どうやら他のメンバーがヨージのSPを努めてるようで、これで警備員6人は少なくとも倒した模様。えー、情報が入ってきました。メンバーの中にはスーパーミドル級ボクシング経験者やスナイパー経験者もいるとのことです」
「おいヨージ、何やってんだ、ヨージ!止まれ!ヨージ!」

 倒した警察OBをメンバーが背負いセキュリティーゲートをクリア。外の警備に追われているせいか、室内にはスタッフが2名程度。慌てて逃げ出してヨージだけとなった。

「マイクチェック、マイクチェック。他の更生施設に連絡できるのはここしかないんでお邪魔しました。俺は"バラカンのシンデレラボーイ"ことヨージ。ニューバブリー軍団のリーダーやってます。残念ながら、あと残り2分ほどで宴も終了です。みなさんお付き合いいただき、誠にありがとうございます!おかげで今夜、シンデレラボーイになれました。人生で最高の夜でした。さて、今夜宴を開催したのには俺なりに理由があります。あ、その前に少し。俺にはこの更生施設に辿り着けるまでに最高に迷惑かけた人間がいます。今どこの施設で何してんのかわかりません。俺のせいで悪者にされ、こっちへと連れてこられたヤツです。悪かった。けど、一つどうしても謝りきれないことがある。それは、あっちでの生活だ。俺が人生で長く世話になってきたイイモノが、どんどんこの世から消され無くなっていく。そのうち俺も消されて無くなる気がした。どうしたら消えないで済むか必死で考えた。結果、ひとまず別世界へ行くことに俺は賭けた。しかもおまえまで勝手に巻き込んで。俺はここで過去の罪を受け入れ更生する。ここで新しく生き直す。そして、ここに住むみんなをハッピーにさせて、バラカンを誰も何も無くならないエリアに絶対復活させる。その後はイイ顔してゆっくり過ごす。銀輝銀行から始まり、シンデレラボーイになった俺の未来は、眩しいくらいギンギラギンだ!明日からの俺に(ピッ)え?」

突然バラカンからの中継が激しい爆発音と共に途切れた。
え?ヨージ?

ヨージ?!


ヨージーーーー!!!


第10話 さよならさよならさよなら。


 無事、更生期間を終え、俺は出所した。
 たばこ屋の前に横付けされた護送車。リクコさんとムシカさんが見送りに来てくれた。

「ムシカさん、どうも。見送りすみません」
「いやいや、仲良しになれたつもりだったから、これからなんだか急に寂しくなりますよ、また新たに話を聞いてくれる人、探さなくっちゃ」
「お得意のウンチクはほどほどに。っていうかさ、ゴシップ記者やったらいいのに。」
「趣味は趣味で留めておくから楽しいのです。あ、ちなみにヒマカンの『カン』はここの創始者の名前が『完さん』だったんで敬意を込めて『カン』をつけたそうですよ」
「んわー、思ってたのと全然違ったわ。今日のウンチクが一番勉強になった。ありがとうムシカさん」
 
 握手を交わしながら俺はムシカさんに敬愛込めて頭を下げた。

 そして、リクコさんだ。
 グイッと掴まれ、物凄い長いハグをされた。

「もうあんたに一生会えないこと、少し残念。あっちの生活はこっちを知った以上、どうしても比べてしまうから、思い出せばどんどんあんただけがしんどくなる、へへっ、ザマーミロ。まぁ、だからなるべく忘れるが勝ち。絶対無理だろうけど」
「どっちだよ。混乱すること言うなよ、くっそ」
「ヨージのことは残念だったけど、あれは規則。仕方ない。無断であの部屋に入ること自体、施設じゃ相当重い罪。だから監視の面接は厳しいって言った。不法侵入すると室内あちこちトラップ・ボタンに切り替わり、触れたら室内が爆発する。ルールブック読めば誰でも知ってる」
「え、マジか。そんな項目どこにもなかったぞ」
「最後のページの注釈んところのめっちゃちっさいキュートな書体で追加文ある・・・あんた、熟読してなかったね」
「ってことは、ヨージも熟読してなかったんだろうな」
「どうだろうね、あんた、天国行ったら聞いてみなよ」

 天国行ったら、か。
 まだ行かねーよ、行くもんか、クッソ・・・。

 護送車に乗った途端、再び眠らされた。



 気がついたら家の前だった。
 あの時乗った車が埃被って待っててくれた。

 家に戻り、久々に座ったソファ。
 一人でこのリビング、広すぎるな。

 じゃあ、ヨージの遺したモノでも眺めてやろうかとヤツの部屋へ向かってみる。

 ところが。

 部屋には何もなかった。
 いつ運んだんだ、全然気づかなかった。
 結局、計画的犯行だったんだな。
 ・・・へっ、完璧じゃねーか。
 シンデレラボーイにもなれたし。

 床に紙一枚。

「ダイへ。
 俺はここを出て行きます。
 ダイのせいじゃないです、俺のせい。
 自分で自分を探す。
 どうやったら探せるか3案まで考えた。
 どれかをやるけど、失敗したらごめん。
 一生許さないで怒ってくれていい。
 でももし次会えたときはすごいよ俺。
 
 ダイゴロウ、サンキュ。
 アイシテルゼ。
 さよならさよならさよなら。」

 ばかやろう。
 何がさよならさよならさよなら、だ。


 俺はヨージの部屋で自分でも参るくらい嗚咽をあげて泣いた。



 静けさが耐え切れず、外へ出て車に乗った。
 仕方ない。どうせしばらく何やっても悲しいんだ、あいつとドライブした最後の場所でも徘徊するわ。

 銀輝銀行があったビルは、一部の窓口を残し、別の企業が入っていた。ハンコ屋のイモリンも無くなってた。

 無くなるものが増えて困るな、この世界は。

 あいつ、ひょっとして、俺が90秒じゃ一周できないだろうと見越して、一人で銀行から逃亡しようとしてたんじゃないのか?だから、「失敗したらごめん」だったんだろ?


 そんなことを考察しているうちに、もうココ3周目だよ。


 俺だって無くなるとショックなものがあるって、おまえ、考えたことなんかねーだろ、ばーか。



 あ、今更だが、ヨージ。
 俺はダイゴロウじゃないんだ、ダイジロウだから。

 は・・・、はっはっはっは・・・。
 その程度か、腹立つわー。

 俺は、このエリア、悔しいんでもう2周した。

終わり



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<あとがき>

*読んでいただきどうもありがとうございました。
期限数日前に創作大賞開催を知り、
勢いそのまま全文1ページにまとめて記載となりましたこと、
どうかご了承ください。
口に出しながら喋りながら書いたこともあり、
誰かになりきって読んでいただけるとこれ幸いです。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門


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