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博士課程でのお話

世界中のみなさま、こんにちは。
湯川でございます。最近は、会社として水産業に進出しようと動いています。そのため、最近の関心事は「世界のタンパク質不足問題」です。

日本では人口減少と騒がれていますが、目を世界に向ければ、人口増加が著しく、人口に対してタンパク質の需要と供給のバランスが崩れるという社会問題です。そのため、培養肉(人工肉)やコオロギの食用化などが取り組まれています。

個人的には、廃れゆく日本の水産業を何とかした方がいいのでは?と思い、一歩踏み出そうとしている状況です。

さて、そんなことはさておき、半年に1回のわがことnoteリレーの出番が回ってきたので、何かを書かなければといま筆(キーボード)を取っている次第です。

しかし、あまりにも書くコンテンツがないので、わがことに関係のない話に全振りして、この4月で4年目を迎える大学院(博士課程)について書きたいと思います。

日本で博士号取得者は約1万5000人

日本で博士号を持っているのは、約15,000人です。人口100万人あたり150人ほどなので、香川県であれば、人口が100万人ぐらいなので150人は博士号を持っています。

文部科学省 科学技術・学術政策研究所より

世界的には日本は少なく、そもそも日本で博士号を取ってもキャリアステップに繋がらないというポスト・ドクター問題もあり、日本は博士号を持っていることに対して社会によるリスペクトはあまりないようです。博士号取っても、年収200万円とか・・・。

文部科学省 科学技術・学術政策研究所より


一方で、最近は、博士号取得者に対する社会の目線が変わってきて、SONYは文化人類学の博士号を持つ方を採用するという募集を出すなど変化も見受けられます。(これは独り言ですが、文化人類学ってアフリカや南米の奥地の民族に長期間滞在して、彼らと寝食をともにして論文を書いていく分野なので、文化人類学を専攻している人間のサバイバル能力は一般人の数倍はあると思います。)

湯川の博士課程滞在紀

さて、そんな博士課程に私湯川は37歳にして滞在(在籍)しているわけでありますが、これが非常にエキサイティング(過酷)な環境なのです。どれほどやばいかというと、年に何回か教授たちの前で研究発表があるのですが、発表後にコメントをもらいます。そのコメントがなかなかエキサイティングです。

「まったく意味のない発表をしたんだね。恥ずかしいと思った方が良い。」

「何をどう研究したいのかまったくわからない。」

というコメントから始まり、90分間壇上でアドバイスを貰い続けるのです。

足は震え、目には水が溜まり、魂は上空2000mに行きます。

基本的に褒められることはなく、何度でも何度でも言われ続けます。

しかし、それが3年間も続くと気づくのです。これがアカデミアの作法であり、世界を正確に記述するための最低限のマナーであると。朝、おはようって大きな声で言うのと同じくらいの話であると。

アカデミアは、先人たちが積み重ねてきた叡智に対して敬意を持って後世にバトンをしっかりと渡すことを使命にしています。そのことについて「巨人の肩の上に立つ」と表現されることもあります。先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見することを指します。思いつきなんて愚の骨頂です。

世界の見え方が変わる

どんなに言われようとも、なんとか歯を食いしばって続けているのは、研究すればするほど世界がクリアに見え、解像度が上がっていくのがわかるからです。

それが本当に楽しい。本当に楽しいのです。

「自分は何にもわかっていなかった」と知ることができるのはすごく素敵な経験です。

とはいえ、しっかりと博士論文を提出し、自分もアカデミアの端くれとして生きていきたいので、4月以降も大いに頑張る予定です。

万博が開催されるのが先か、湯川の博士論文が提出されるのが先か、それが世界のタンパク質不足問題よりも重要な目下の関心事です。



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