2005年の熱田神宮

ドラクエウォーク のおみやげ場所『熱田神宮』

先月22日、今上天皇の『即位礼正殿の儀』が執り行われました。その時、日本に伝わる三種の神器が皇居に揃います。三種の神器とは、『八咫鏡(やたのかがみ』『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』となります。天叢雲剣は、愛知県にある『熱田神宮』に納められています。

高天原を追放された『須佐之男命(すさのおのみこと)』は、出雲国の肥河(島根県斐伊川)の上流にある鳥髪山(現在の船通山)に降り立ち、娘を前に泣いている老夫婦に出会います。老夫婦には8人の娘がいたものの、8つの頭と8本の尾を持った『八岐大蛇(やまたのおろち)』が毎年やって来て、娘を食べてしまうと言います。今年で8年目、最後に残った末娘を前に、泣いているとのことでした。

須佐之男命は、その末娘の『櫛名田比売(くしなだひめ)』との結婚を条件に、八岐大蛇の退治をすることになりました。大量のお酒を用意しておき、酔って寝てしまった八岐大蛇を十拳剣(とつかのつるぎ)で切り刻みます。尾を切ると、剣の刃が欠け、尾の中から剣が出てきました。この剣を『天照大神(あまてらすおおみかみ)』に献上したことから、この剣は天叢雲剣となりました。これが、古事記に書かれた三種の神器である剣の伝承となります。ちなみに、天照大神に献上した天叢雲剣を納める神社ということで、熱田神宮の主祭神は天照大神になっています。

ドラクエウォーク のおみやげイベントを達成しようと、先日、熱田神宮に行ったのですけれど、今上天皇の即位に合わせて、熱田神宮と天皇陛下の関係が、絵や書面という形で『宝物館』に展示されていました。数々の貴重な資料が展示されていて、熱田神宮の目玉でもある、天叢雲剣に関する資料も展示されていました。天叢雲剣の伝承を元にした勇ましい絵が展示されていますけれど、その絵のとなりに、ひとりの男が草を薙ぎ払う絵も展示されていました。

『日本武尊(やまとたけるのみこと)』は、駿河国で敵の放った野火に囲まれますが、剣で草を刈り払い、辛くも脱出したという伝承が『日本書紀』に残っているようです。天叢雲剣とは、別名『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』とも呼ばれています。

権力を持った人は、再び血で血を洗う世界にならないよう、都合の悪いことを隠し、権力を持つ正当な理由を用意します。大人になってから、自分なりに歴史を調べてみると、学校で習ってきた歴史が、戦いに勝った側の語る物語だと気づきます。私たちのまわりにある技術がどんなに進化しようとも、それを扱う人間が進化してないことから考えてみれば、言わなきゃ分からないのは普遍的な事実かもしれません。また、権力を持った側の都合に合わせた結果、たくさんの痛ましい失敗を積み重ねてきたのも事実です。つまり、権力が人間を狂わせ、悲しい結果を導き出すのも普遍的な事実かもしれません。だから僕は、誰にとっても、権力という魔力に取り憑かれない様に、真実を簡単には隠せないようにする仕組みが、多くの人にとって大切なことだと考えているのです。

日本は古来より、お米を主食とする農耕民族ですから、年に1度、収穫の感謝と世界と国民の安寧を、天皇陛下が日本国民を代表して神々に祈られています。先日、『大嘗祭』という形式で、その大切な儀式が執り行われていました。

源氏と平家の戦いに敗れてから、天皇が表舞台に出てくるのは織田信長以降となります。明治になるまで武力を持てなかった天皇は、様々な苦難を乗り越え、再び国のトップに返り咲くのですが、武力をもってしまったが故に、世界大戦後の責任の取り方として、神でないことを明らかにしました。現在、天皇は日本の象徴としていらっしゃるわけですが、僕はこのような歴史的事実の一つ一つに、とても大切な意味があると思っています。

熱田神宮を訪れて、ここに三種の神器が納められているという疑問は解消できなかったのですが、天叢雲剣について色々な見解を明らかにする態度は、非常に好感を持てるものでした。名古屋駅から電車で4駅程度の距離ですが、昭和の香りがする趣のある町で、気軽に寄ってみるのもいいかもしれません。

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