スケッチ「白い鳥」
白い鳥のような人だ。
はじめて会ったとき、私は思った。
彼女は、ホワイトという名前だった。
私と同じ歳で、同じ寮で、隣の部屋に暮らしていた。
銅色の髪を背に垂らし、白いブラウスを風に揺らしながら、
踊るように、跳ねるように、空を飛ぶように、
中庭の小道を歩いていく人だった。
彼女の声はほがらかで、ひかえめで、まだ少しあどけなくて、
それでも時々その唇から熱っぽく思いを迸らせる、
そしてまた恥ずかしがるように笑う。
そんな人だった。
青い月が光る、ある晩のことだった。
夕食の時間になっても、彼女は食堂に現れなかった。
私が中庭から寮の壁を見上げると、
彼女の部屋にランプの光は見えなかった。
けれども、その窓は開け放たれていて、
春の予兆のような湿った風が、
レースのカーテンを大きくなびかせていた。
私がひとり彼女の部屋まで上っていくと、
入り口の鍵は開いたままで、
私はノックをするのも忘れて、扉をそっと押した。
なまあたたかい風が、顔のそばを通り抜けていった。
部屋の中は暗く、青い月光だけが窓から降り注いでいた。
窓際のテーブルでは、いくつもの痛み止めの箱と、
しずくが残る硝子のコップが、
幻のように影を伸ばしていた。
寝台は月光の影になっていて、
その上に、彼女の体が、毛布にくるまれて横たわっていた。
くちばしのような口元は豊かな髪に隠れ、
閉じたまぶたに羽根のようなまつ毛が伏せられていた。
毛布の隙間から小さな手が片方垂れていて、
その下に、ちょうど取り落としたかのように、
彼女の好きな革張りの手帳が、開いたままに落ちていた。
私が跪いて、そのブルーブラックの文字を読むと、
それは短い、詩のような、小さな物語だった。
孤独な小鳥が、雪どけとともに深い眠りにつく物語だった。
私はいつの間にか、息をするのも忘れて、
彼女の白い手のひらに、恐る恐る、自分の指を触れた。
彼女の手のひらは、まだ温かかった。
そしてすぐに、私の指を優しく握りかえした。
「ホワイト!」
私は思わず声をあげた。
彼女は少し微笑みながら、ゆっくりと体を起こした。
「あぁホワイト、驚かせないで。どこか悪いところでもあるの?」
「ごめんなさい。少し頭が痛くて、ひとりで眠っていたい気分だったのよ」
「そういうことなら、私にひとこと言ってくれればよかったのに」
「えぇ、本当にごめんなさい。心配をかけさせるつもりはなかったの」
「もう、まったくよ。てっきり私、まさか、あなたが……」
私はそこで、声を詰まらせてしまった。
「安心して。私、そんなことはしないから」
彼女はやさしく首を振った。
「でもね」
彼女は言いながら、手帳を拾い上げて、
愛おしげにページへ目を落とした。
「お話の中なら、誰だって、何度だって、美しく死ぬことができるのよ」
彼女の瞳は、涙にぬれて赤く燃えていた。
白い不死鳥のような人だ。
そのとき、私は思った。
(カバー画像は、以前福島県のブリティッシュヒルズで撮った写真。夜の写真にあんまりいいのがなかった……)
(あと、パソコンで改行しながら書いていたらスマホですごく読みづらくなってしまった。横画面にすると多少読みやすくはなります……)
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