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伊東歌詞太郎さんの歌と、高校受験の記憶

頑張るということがどうにも苦手な私が、今までで一番がむしゃらに頑張っていた時期は、高校受験を控えた中学三年生の頃だったと思う。
それは私にとって人生で初めての”受験”だった。そのせいもあって、なにひとつとして勝手が分からず、ひたすらに食らいつくことしかできない日々だった。今となってはかなりつらい思い出でもあるが、同時にかけがえのない大切な経験にもなった。


特につらかった思い出として残っているのが、夏休みに塾で開催された合宿だ。先生方の勧めもあって参加してみたものの、いざ始まってみると、確かに役に立つ面白い授業もあったものの、それ以上に周囲のレベルが高すぎてとてもじゃないがついて行けなかった。
私は特段難関校を目指している訳でもなく、ちょっと気合を入れて手を伸ばせば届く程度の地元の公立高校を第一志望としているだけ。でも、合宿に参加している生徒たちの中には、私がチャレンジ校としている私立よりずっと高い目標を掲げて努力している人が多くいた。
というより、授業もテストも休み時間も含めて、合宿全体にそんな雰囲気が満ちていた。それが目的の合宿なのだから当たり前ではあるが、私はどうしても、自分が場違いな気がして窮屈だった。

合宿初日に、参加者全員が集まって開会式のようなものが行われた。私は自分のやる気に火をつけようと躍起になりながらも、その場の熱意に気圧され、結局どうしようもなく先を思いやっていた。
そして式が終わり、生徒達がぞろぞろと会場を後にしはじめた。そのとき、聞き覚えのある歌声が会場内に流れているのに気がついた。喧騒に紛れて確証はないが、もしかしたらこの声は……。しかし当時の私は検索エンジンに接続できる機器を持ち歩いていなかったため(そうでなくとも合宿中はそのような機器の使用が禁止されていたが)、私はその出来事を合宿が終わるまで覚えておくことにした。

合宿を終え、帰宅した私は、すぐに心当たりを調べた。すると、やはりそうだったのだ。
あのとき聴こえてきた歌声は、私が一番好きな歌手・伊東歌詞太郎さんのものだった。彼が音楽ユニット・イトヲカシとして歌った受験応援ソングがあることを、そのとき私は初めて知った。

イトヲカシ「さいごまで」

私は慌ててイヤホンを取ってきて、MVを再生した。
一番のサビに差し掛かったとき、涙が溢れて止まらなくなった。家に誰もいないのを良いことに、曲が終わってしばらくの間、声をあげて泣いた。合宿中にも、授業についていけないつらさから何度もひとりで泣いたのに、そのときはまた違う気持ちで、涙を流していた。
この曲は、すぐに私の高校受験のテーマソングとも言える立ち位置になった。受験当日の朝にも、電車の中でこの曲を聴いていた。


私が歌詞太郎さんを初めて知ったのは、その合宿の半年ほど前だったと記憶している。
力強くまっすぐな歌声と、純粋で等身大なのにどこか文学的な要素も感じられる歌詞、耳に残る印象的なメロディー。それまでも、親がファンだとか世間で流行っているとかでよく聴く歌手というのはいたが、歌詞太郎さんは私が初めて自分だけの力でたどり着いたと言っても良い”好きな歌手”だった。


この「さいごまで」も、そんな歌詞太郎さんの良さが詰まった楽曲だと思う。

さいごまで さいごまで 走り抜けてやれ
君のこと見守ってる人がいるから
届くまで あと少し 歌い続ける
君はひとりじゃない

ただひたすらにまっすぐで、優しく背中を押してくれる。それでいて、クサくもクドくもなく、素直に受け取れる。そんな曲だ。

後に出版された歌詞太郎さんのエッセイ「僕たちに似合う世界」を読んで、その理由が少し分かった気がした。彼は幼い頃からずっとまっすぐに生きてきたのだ。家庭環境などに苦労がありながらも、ただひたすらに『自分は歌手になるんだ』と信じてやまなかった。ある意味バカだと自称するほどのそのひたむきさが、彼の詞・曲・歌声のすべてに溢れ出しているのだ。


そして今、私はこうしてあの受験期を振り返っている。

いつの日か 振り返り 思い出せばいい
君はひとりじゃない

結果として私は、第一志望の高校に合格し、チャレンジ校としていた2つの私立高校のうち一つにも合格することができた。この歌詞にもあるように、当時の私は本当にたくさんの人に支えられていた。その中には家族、友達、学校の先生、塾の先生だけでなく、確かに歌詞太郎さんの存在もあったのだ。


その後、大学受験でも私は第一志望に合格することができた。しかし、その頃にはもうこの歌はあまり響かなくなっていた。高校受験の記憶とあまりにも強く結びついてしまっている、ということもその理由の一つだが、それだけではない。高校受験、さらに進学先での高校生活を通して、私は手を抜くことを覚えてしまった。ひたすらまっすぐに頑張るだけが自分のためになる訳ではない、と思うようになっていた。端的に言えば、この歌はもはや眩しすぎるのだ。

それでも、私は今でも歌詞太郎さんの歌に励まされ続けている。
例えば、今の私が一番好きな歌詞太郎さんの歌、「雨ニモ負ケズ」。題名から分かるように、宮沢賢治の有名な詩をモチーフにした曲だ。私は元々賢治作品の大ファンで、歌詞太郎さんがこれ以外にも「銀河鉄道の夜」や「よだかの星」をモチーフにした曲を作っているのを個人的にとても嬉しく思っている。

伊東歌詞太郎「雨ニモ負ケズ」

(公式YouTubeに上がっているのはボーカロイドバージョンで、アルバム「二天一流」では本人によるカバーバージョンを聴くことができる。)

雨にも負けずに そして風にも負けずに
そういう人になりたい
僕は僕のままでいたいのに
お願い教えて この道の先にあるものを
いつか きっと

特にこのサビの歌詞は、本当に私の心の底から湧き出てきたものだと錯覚してしまうほどだ。よりよい自分に変わりたい、でも今の自分を見失いたくない。自分がどんな道を歩いていて、どんな場所に行き着くのか、いつか分かる日が来ると信じたい。賢治の詩に込められた切実な祈りを、歌詞太郎さんの言葉で言い換え、等身大の願いにして歌い上げてくれている。


歌詞太郎さんは、もうすぐデビュー10周年を迎える。歌い手としての活動に始まり、作詞作曲、全国での路上ライブ、さらには小説やエッセーの出版と、様々に活躍されている歌詞太郎さんからは、いつでも一本の力強い芯を感じられる。私はしがないライトなファンの一人でしかないが、こうして彼の作品に大切な思い出を抱えている人間として、これからもその活動を応援し続けていこうと思う。


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