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Podcastの裏側〜ホテル・ニューグランド〜

 取材にいくと、つくづく僕は出会う人に恵まれていると思う。

 今回のイル・ジャルディーノさんの取材もそうだった。
 今年2021年1月、「そんない雑貨店 第251回」でいろいろな食べ物の由来の話をした。そのときにドリアが日本、それも横浜の発祥と知って、せっかくだからと食べにいった。きっとおいしいんだろうとは思っていた。だから番組で取り上げて、食べにいって、「とってもおいしかったです」という音声が録れればいいな、くらいの気持ちだった。
 ところが実際に食べてみると、思っていた以上においしい。いや、それどころかとんでもなくおいしい。そして雰囲気が堅苦しくない。横浜を代表する、100年近い歴史を誇るホテルであるにもかかわらず。
 そこでドリアを食べたthe Cafeの店員さんに取材の申し込みをしてみた。もちろん毎度のことながら、ガチガチに緊張して、どれだけ水を飲んでも渇いたままの口で、「あのぅ…」と。
 すると、ずいぶんとお若く見えるその店員さんはにっこりとほほえんで、「わかりました。広報の者にお伝えしておきますね」と名刺を受け取ってくれた。
 とはいえ、老舗ホテルがそう簡単に取材に応じてくれるはずはないだろうと思っていたら、すぐに広報の方からメールがきた。

「ポッドキャストってなんですか?」と。

 ですよね。老舗ホテルがポッドキャストなんて知ってるわけないですよね。きっと取材はBSプレミアムとか、そういう感じのやつしか受け付けてないですよね。なんなら企画会議の上、プレゼンテーションをしていただいて…なんてなるやつですよね。
 と、覚悟して説明したら、あっさり「ぜひいらしてください」と許可が出た。
 それからはホテルのこと、ドリアのこと、横浜のことを必死で勉強し直して、付け焼き刃ながらもできる限りの準備をして、それでもやっぱり緊張して、まるで石をいくつも飲み込んだような気持ちで取材に向かった。

 当日の朝、「大階段の上で」と指定された待ち合わせ場所にいくと、マスク越しにも素敵な笑顔とわかる女性が立っていて、それがいまではおなじみの広報・横山さんだった。
「階段」に「大」がついている時点でこちらは十分に腰が引けてしまっているわけだけれども、出迎えてくれた横山さんはそれを忘れさせてくれるくらい気さくに話しかけてくれた。
 だけれども、通された部屋がチャップリンやベーブルースも食事をした部屋だったり、続いて紹介されたのがホテル・ニューグランドの五代目総料理長だったりした日には、緊張は振り出しに戻るどころか双六を買いにおもちゃ屋さんに行くくらいのところまで戻ってしまう。
 それでもやっぱり、ご紹介いただいた宇佐神総料理長も気さくな方で、ホテルの全料理の責任を負っているとは思えないほどだった。

 そのときの詳細は番組を聞いていただくとして、いわゆるお店紹介、グルメレポート的な番組のレポーターは出されたものにほとんど手をつけない、あるいはひとくちふたくち食べてあとは残してしまうことが多いらしく、僕のようにシーフードドリア、スパゲティナポリタン、そしてデザートにはプリンアラモードと出されたものをそれこそひとつも残らず平らげる人間はめずらしいようだった。
 それを気に入ってもらえたのか、はたまた変な御託を並べずにただただ「うまいうまい」を繰り返す様子がおもしろかったのか、お二人には気に入っていただけて、その後もちょくちょく連絡をいただいたり、ホテルにうかがったときにはあちらからお声をかけていただけるようになった。
 そして今回のイル・ジャルディーノの取材でも、番組の収録中に通りかかった宇佐神総料理長が「ああ、和田さん」と声をかけてくれた。

 収録のとき、僕はいつもメインの機材とサブの機材を同時にまわしている。貴重な時間を割いて収録に付き合ってくださる先方にご迷惑がかからないようにするためだ。
 サブの機材はメインをまわす前から収録をスタートしていて、けっこうここで貴重なお話が録れていたりする。
 このときもサブの機材をまわしてたのだが、たまたま今回はメインのマイクとは180度逆方向にマイクを向けていた。
 メインの機材は指向性の強いマイクを使っていて、できるだけお話しくださる方の口もとを狙って周囲の音が入らないようにしているのだけれど、サブ機は保険の意味でできるだけ広い範囲を収録できるようにしている。

 それが今回は功を奏した。

 宇佐神総料理長が声をかけてくれたのはメイン機材のマイクが狙っているのとは正反対の方向から。指向性の強いマイクは狙ったポイントの感度が高いぶん、周囲の音は拾ってくれない。ましてや宇佐神総料理長がしゃべっているのはいちばん感度が低い、マイクからすれば背面にあたる方向。
 あとで確認してみると、案の定、宇佐神総料理長の声はほとんど拾えていなかった。それでも番組ではしっかり声が入っているのはサブ機で収録した音声を使っているから。
 実は宇佐神総料理長がお話ししている部分はサブ機の音声に切り替えてある。それをタイミングを合わせ、メイン・サブ両方のトラックの音量を調整して切り替えたことがわからないようにしてある。
 同時に、機材が違えばどうしても音質が違うので、それもイコライザーで調整してある。

 ポッドキャスト番組を作る上で気にかけているのは、もちろん聴いてくれる人たちが楽しんでくれること。そのためにできるだけリスナーの負担を下げたい。内容にだけ関心を払ってもらいたい。
 だから「ここは大変そう」とか、「ここは苦労してるんだろうな」なんてことを聴きながら思わなくてもいいように、編集に尽力する。
 僕はプロではないし、「そんなことやっても誰も気付かないよ」といわれることもあるけれど、むしろ誰も気付かないことのほうが大切で、リスナーさんには番組の内容を楽しんでほしい。

 それができなくなって、「このくらいでいいや」とか「こんなもんだろう」と思うときがきたら、それはたぶん引退するべきときなんだと思う。


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