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「雨が囁く夜」~シロクマ文芸部参加作品

雨を聴く。
雨が囁く。
「なぜ…した」
脳裏にあの日の光景が蘇る。

余命宣告を受けて自宅で療養していた父があの夜突然倒れた。丁度同じ梅雨時で朝から止むことなく雨が降っていたその深夜のことだった。
廊下でごとんと音がしたのでわたしは寝床から飛び起きて見に行くと寝巻き姿の父がうつ伏せに倒れていた。用を足しに起きたのだろう。
救急車を呼ばないと。
わたしは携帯電話を手に取った。
そのとき父の横顔が目に入った。今にも途切れそうなか細い息づかいだが、痩せこけた横顔は安寧でどこか清らかだった。
一一九番を押そうとする手がとまった。
救急車を呼ぼうか、それとも毎月来てもらっている訪問医に連絡を入れようか。
もう一度父の横顔に目をやった。眠っているような静かな横顔だ。
わたしは「ある決断」をした。
そして訪問医に連絡を入れた。できるだけ早く伺いますとのことだった。
それから二時間近く経ってから訪問医が来たが、既に父は事切れていた。
「○時○分、御臨終です」
訪問医は淡々と言った。
父は雨降りの深夜にこうして亡くなった。

「なぜ…した」
雨が聴く。
わたしは無言のまま濡れたアパートの窓越しに夜の雨に目をやった。
雨が再び囁いた。
「ありがとう」
雨は朝まで止むことはなかった。
(了)


シロクマ文芸部さんの企画に参加させて頂きます。いつもありがとうございます。


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