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たまさんとの思い出

『わこちゃーん』
朝早く、まだ暗いうちにアランとニコルと散歩していると、川を挟んだ向こうから、その声は聞こえてきた

…たまさんだな
上下いつものジャージに身を包み、首もとには白いタオルで、いつも汗かきながら走っているたまさん
お散歩ですれ違う人はたくさんいても、名前で声かけられることは、めったにない

いつもは一人で
ときどき4時半集合の顔馴染みと数人で歩いていたたまさん
いつも大きな声で、独自の健康法を話していた

たまさんは私の父の勤務先の先輩で、家も近かったことから、私が幼稚園くらいのとき、いやもしかしたら、私が覚えていないだけで、生まれたときからたまさんは近くにいたかもしれない

たまさんはいつも私を応援してくれていた
研修医のときに、バイト先にまで、わざわざ足を運んでくれた

父の友人ではあるが、私を自分の娘であるかのようにかわいがってくれて、父の葬儀に出られなかった私に、わざわざたまさんは自分の読んだ弔辞を持ってきてくれた
愛情深い人で、父との約束を『わしがやらんで、誰がやる!』と、本人すらめんどくさがって、なかなか進まなかった弟①の結婚話をまとめたのも、たまさんだった

わこちゃん
わこちゃんにはいつか復帰してほしいな
わしは信じてるよ…
あんたにはできる
だめかのぅ…

そんなたまさんが、家の近くから相模原にお引っ越しした
『娘がな~一緒に暮らそうってさ
嬉しいなぁ~
会えなくなるけど元気でな
お父さんの自転車、ちゃんと大事に向こうでのるからの~』

それ以来会うことはなかったたまさんだったが、ときどき、フェイスブックでいいねがついていて、元気なんだなと思っていた

そのたまさんが、天に召された
時が止まったかのような気がした
ちゃんと顔を見て報告したいことがたくさんあったのに

気持ちが落ち着いたところで、ご自宅に電話をいれた
たまさんの奥さまは、ほとんど初めて話す私なのに、病気の経過など、たくさん話してくれた
『わかこちゃんのことね、すごい自慢してたのよ。
東京にきて、一番好きな友人の娘がね、優秀でねって、自分の娘よりもわかこちゃんのこと話してたの、だから、私もわかこちゃんのこと、仕事に復帰したこととか本当に嬉しかったのよ』と

診療の合間だったが、涙が止まらなかった

生きていれば、別れもたくさんある
たまさんとの別れは、父との別れについで、たぶん私の人生でも大きな別れだとおもう

でも、立ち止まってはいられない
たまさんのためにも、私は踏ん張って生きていかなくては、そう思う
できないこと、わからないこともたくさんあるけど、今やれること、学べることを、きちんとやろう
それが一番の供養だろう

たまさん、ありがとう
今日もがんばるよ
雲の上カントリーで、パパに会えましたか?
メンバーが大分揃ったね…笑っ
みんなで仲良くゴルフ楽しんでね!

今日も私の町には、いつもと変わらぬ朝が来ました

今日も忙しくなりそうだ
冷静に、しっかりがんばろう🎵

 

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