片栗わぐり

甘酸っぱくてセピア色 月のない夜の星のささめき そんな言葉を紡げますように

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最近の記事

「化け猫先生の茶話」第三話/坂の上の洋館

「緑目先生、こんにちは」  わたしが玄関で呼びかけても、緑目先生からの返事はなかった。  玄関にインターホンは付いているものの、チャイムの音は鳴らないようになっている。  化け猫である緑目先生は耳がいい。なので、チャイムを鳴らされなくても、足音だけで誰が来たのかがわかるというのだ。 「わかっていて敢えてスルーする、と」  うちのシナモンちゃんは呼べばすぐに飛んでくるのに。あぁ、シナモンちゃんというのは、わたしの愛犬のことだ。  それとくらべて、猫はいくら呼んでも来ない。耳が動

    • 「化け猫先生の茶話」第二話/されこうべ

       雉虎緑目先生は大の甘党だ。  江戸のむかしから生きている化け猫らしいけれど、今は三十路あまりの人間に化けていて、割とイケオジ。そんなイケオジが甘い物に目がないというのは、鬼に金棒な属性の気がする。  担当編集者としては、こうしたギャップ萌えのキャラ設定は、緑目先生の次回作に積極的に活かしていきたい要素だった。 「緑目先生、今日の差し入れはあんみつです」  わたしが居間のちゃぶ台に置いたあんみつを見て、緑目先生はおっくうそうに手を振った。 「違う、それは〝あんみつ〟ではない」

      • 「化け猫先生の茶話」第一話/桜醒め

        《あらすじ》 「吾輩は元猫であり、小説家である。名は雉虎緑目(きじとらりょくめ)」  と、緑目先生は名乗った。  平たくいうと、緑目先生は人間に化けて小説家をしている化け猫らしい。  わたしは出版社勤めの新人編集者で、緑目先生の担当だ。  なかなかヒット作が生まれない緑目先生だけれど、江戸のむかしから生き続けているだけあって、物語のネタには事欠かない。  わたしは、緑目先生のむかし話を聞くのが好きだ。お茶の時間に緑目先生が語ってくれるちょっぴり不思議な小噺の数々を、ここでい

        • じゃない方でいいじゃない

           わたしは猫に魂を抜かれた抜け殻だ。  我が家にやって来た仔猫と目が会った瞬間、鳥肌が立った。  けれども、本音を言うと、わたしが当初お迎えしたいと思ったのは別の仔だった。  最初にいいなと思った仔は、丸顔であんよが大きく、兄弟姉妹のなかでとびきり人懐っこい性格の男の仔だった。  一方、我が家に迎えた仔は兄弟姉妹のなかでとびきり体躯が小さく、長毛種なのにところどころ毛が極端に短い、貧相な女の仔だった。聞けば、兄弟姉妹からいじめられており、毛をかじられ、フードも横取りされるの

        「化け猫先生の茶話」第三話/坂の上の洋館

          猫こわい

           わたしは作家だ。  猫と暮らしている。  猫と暮らした作家というと、猫の死を知らせるハガキを知人たちに出したことで知られる夏目漱石や、500匹以上の猫と暮らしたと言われる大佛次郎、幸運を呼ぶという6本指の猫を世に知らしめたアーネスト・ヘミングウェイなど、名だたる文豪を思い浮かべる人が多いだろうが、わたしは『文豪じゃない方』の作家だ。  わたしは猫がこわい。  我が家に初めて猫が来たとき、鳥肌が立った。  産まれて間もない仔猫の目は、どの仔もみんなキトンブルーという灰色が