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終わらない被ばく労働、歪められる言葉たち

4月19日、ALPS処理汚染水の4回目放出日に、日本ペンクラブ言論表現委員会主催の福島第一原発構内視察に参加した。通常視察では行けない報道コース。一部でかなり放射線量は高く、事故の過酷さを改めて感じた。

▼「クリーンゾーン」とは


「最初にブルーデッキ(原発構内の高台)から1〜4号機を見ます。ブルーデッキはクリーンゾーンです」ガイド役の東電社員が説明を始めた。え、この原発構内に「クリーン」があるのか。「放射線量は?」と尋ねると「だいぶ下がって、毎時70㍃シーベルトです」と言われ、思わずのけぞった。原発事故前の1052倍の値でも「クリーン」とはどういうことなのか。
追及すると、回答慣れした様子で「汚染と被ばくは違うんです」と言う。除染したから「クリーン」なのだそうだ。「汚染水」や「汚染土」がX(旧Twitter)などで袋叩きに遭うように、国も東電も「汚染」が嫌いで、その単語は絶対に使いたくない。そのためか、除染をすれば放射線量が下がらなくても「クリーン」という理屈。ちなみに「クリーンゾーン」は「マイシューズエリア」とも呼ばれ、靴を履き替えない。

▼普段着で原発の近くへ


顔写真入りの身分証明書、静脈認証登録を済ませる。ここで一悶着があった。この日参加した15人の視察メンバーのうち、3人は戸籍名を名乗っていなかった。「呼称で呼んで」と再三訴えたが、免許証の返却時に大声で戸籍名を呼ばれ、ため息をつきながら東電とその背後にある家父長制や戸籍制度への憎しみを募らせる。
その後、会議室に用意されていたゼッケンと個人線量計・マスクをつける。「クリーンゾーン」では、マスクはもはや「任意」。ほぼ普段着で爆発した原発の近くまで行ける(ことにしてある)のだ。ちなみにセキュリティチェックをする場所でも、室内ですら毎時1㍃シーベルトほどあった。高い放射線量に感覚が麻痺してしまうが、事故前の26倍だ。
1号機は、当初予定から1年半も遅れ、来年夏にデブリ取り出しのために再度カバーに覆われることになっている。今後は無惨な姿は見えなくなる。カメラを向ける度に「テロ対策」と称して東電職員からすかさずNGチェックが入る。

▼毎時225㍃シーベルト


「G装備」をすることになった。GはGREENのG。普段着の「クリーンゾーン」より放射線量の高いGゾーンに入るだめだ。さらに高いY(YELLOW)ゾーン、最も高いR(RED)ゾーンもあり、装備が異なる。
G装備はダスト(ホコリ)を入れないためにゴーグルを装着し、N95マスク、帽子にヘルメット、靴下2枚、手袋2枚を身につける。マイシューズは脱いで、ゴム製の靴に履き替える。
G装備で1号機の海側に出ると、原子炉建屋の真横を歩いた。今回、最も放射線量が高かったのが、1〜2号機の間にある排気塔周辺(写真左上)。持参した放射線量計はビビビーと連続して鳴り続け、毎時225㍃シーベルトまで上がった。周囲の人に放射線量がわかるよう、数値を読み上げていたのだが、「225!」と叫ぶと同時に東電社員から「走って! 早く!」「立ち止まらないで!」とみんなが促された。「小走りゾーンがある」と言われていたものの、参加者の70〜80代男性も走らされる。
2号機と3号機の間も歩いたが、ここは原発事故当時、双葉郡の消防士たちが活動した場所だ。彼らは元気だろうか、と思いを馳せて歩いていると、突如、再びけたたましく線量計が鳴る。うっかり気を抜けない。この時は、毎時167㍃シーベルトだった。「3号機側の燃料が寄与していますね」と冷静に東電社員が建屋の破れた壁を指さす。2024年で「167」なら、爆発当初はどれほどだったか、と再び消防士や作業員を案じる。
東電社員が「だいたい1日2㍉シーベルトの被ばくで『たくさん被ばくしちゃったな』という感覚です。作業員は5年100㍉が上限で、次の5年でリセットされます」と説明していた。
1日2㍉シーベルトは、一般公衆の被ばく限度2年分だ。そもそも被ばくは都合良くリセットされたりしない。繰り返し政府や東電が主張している「100㍉シーベルト以下に健康影響はない」も、「生涯」の被ばくである。つまり、5年で100㍉をリセットし続けたら、生涯の被ばく量は相当健康リスクのあるものになってしまう。
私たちのこの日の被ばく量は、約40㍃シーベルトだった。つまり0・04㍉シーベルトだが、作業員はこれ以上の被ばくを日々している。その被ばくの上に廃炉作業があることを改めて痛感する。

▼人の命を危険に晒す言葉


ALPS処理汚染水の海水ポンプ付近にも行った。海水を取水して薄め、トンネルを通って1㎞先で放出される。「無事に、本日4回目の放出が行なわれました」と言われた。「無事に」の口ぶりに「おかげさまで」感が漂っていた気がして、「私は許してない」と目で訴える。
視察を終え、会議室で質疑の時間があった。ALPS処理汚染水の7割が今なお「処理途上水(セシウムなど62種類の放射性物質が基準値以上含まれている)」だという。前出の「被ばくと汚染は違うんです」であれば、放射性物質が取り除けない以上、「処理途上水」ではなく、「汚染水」で間違っていないのだが。
事実を歪める言葉は人の命を危険に晒す。常に意識的でありたい。


(吉田 千亜)


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