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『私と世界と、人間たちの話』パンフレット


1.物々交換

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 コーヒーをハンドドリップで淹れるときには「蒸らし」という重要な工程がある。これは、初めに少量のお湯を注いで一旦待つ、という簡単なものだ。しかし、この「蒸らし」をするとしないとではコーヒーの味が大きく変わる。コーヒーを淹れるにあたってとても大事な作業なのだ。舞台や映画、小説、漫画などにおいて鑑賞者が最初に目にするシーンというのは、いわば「蒸らし」だと思う。

 このシーンを作るきっかけの一つとなったのが、ゼロコの『Silent Scene』である。『Silent Scene』冒頭の一連のシーンは、この舞台がどのような雰囲気で進んでいくのか、こちらがどういうテンションで観ればいいのかを分かりやすく伝えてくれていた。そのため、初めてゼロコの作品を見た僕でも、他のお客さんや場の空気に置いて行かれることなく入っていくことが出来た。これがとても良い体験だったので、僕も自分なりのアプローチでこの『私と世界と、人間たちの話』の雰囲気を感じてもらえるようなシーンをつくろうと考えたのだ。

 もう一つ影響を受けているのが、演者の一人として参加したCircus Without Circle(以下CwC)第7回公演『靴を15回揃え、真後ろを向く 彼への電話が通じる』のオープニングである。舞台上で謎の行動を淡々と行っている4人がいて、彼らを見回っているような存在が最後に「じゃ、ミスのないように」と言って曲がかかり、群舞が始まる。この「静かに不思議な光景が展開され、収束すると共に音楽が流れ…」という一連のシークエンスが僕にとって「カッコいいもの」として残っていたので、この流れを踏襲して中身を構成していくことにした。

『物々交換』というタイトルの通り、このシーンでは人々が地面に落ちているボールを拾い、リングやスタッフ(棒)と引き換えていく。普通に引き換えられる人もいれば、周りの人と違うものを渡される人もいる。後半には、なぜか一回渡すだけでは引き換えられず、ボールを何度も拾っては渡しに行く人も登場する。

 場面構成にあたって、まず演者たちに「人間ぽいな、てどういう時があります?」という質問をした。その中で挙げられたのが「他者と己を比較をしてしまうのは人間だけらしい」という話と、「動物をギャンブルにハマらせる実験」の話である。

 どちらも真偽はともかく、内容がとても面白く興味深いと思った。なのでそれらを取り入れて「人とは違うものを貰った人」と「ボールとモノを交換することに夢中になる人」を登場させた。

 シーンのタイトルにもなっている物々交換は、この後登場するプロップがシレッと全部登場してくれたら嬉しいな、と考えつつ、前に挙げた2つの要素を取り入れて創作をするうちに自然とそういう形になっていったものだ。結果的にではあるが「物々交換」というモチーフそのものも「人間ならでは」という感じがしている。

2.電車

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