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【小説】誰とでもうちとけるコロッケと、いつもあぶれるメンチカツ

メンチカツ1

 サク、サク、と。
 僕の二歩前をコロッケが歩く。
 僕はコロッケより歩くのが遅い。でもコロッケは、おそらくそんなことはお構いなしに通学路を突き進む。生ものでもないのにこんなにも足が早くせっかちなのは、学校でもコロッケくらいのものだろう。
 僕は、一人のときよりもずいぶん早足でコロッケを追いかける。
「衣替えの期間、いつまでだっけ?」
 コロッケが不意に呟く。こやつはいつも言動が唐突だ。
「確か、今週いっぱい」
「あちゃー! 私冬服どこにしまったっけな。タンスに押し込んでしわくちゃになってないといいけど……」
 僕たちの通う労損高校は、決まり事がかなりゆるい。衣替えは特定の日できっかり変わるのではなく、2週間ほどの猶予期間が設けられ、生徒はその中でゆるりと移行するのだ。
「ちゃんと管理しときなよ。学校の制服って結構お高いらしいからさ。変なとこに置いてたら虫に食われてるかも」
「えー! やだなぁ。でもいいパン粉使ってる衣だろうし、虫もほっとかないかぁ」
 生徒の中でも、揚げ物の制服は特注になっている。カラッと揚がったその衣は、動くたびにサクサク音がする。僕はそれで他人の目を引くのが苦手だったのだが、コロッケは全く気にしていない。一挙一動が激しいので、ザクザクと騒がしい。
 他人の目を気にせず、自分のやりやすいように日々を生きるコロッケは、僕の憧れだった。しかし長い間共にいると、コロッケの他の食品への気配りが見えてくる。バランスが絶妙なのだ。やりたいようにやっているように見えて、その実誰よりも思いやりのあるやつなのだ。ひとりぼっちの僕に声をかけてくれた時もそうだった。
 そうこう話しているうちに、学校へとたどり着く。
 まだ教室へは行かない。僕らが向かうのは共用施設棟の三階、ファストフード部の部室だ。
 荷物を下ろし衣を着替え、グラウンドへ向かう。ジャージに着替えたコロッケは、先ほどまでの頼りなさを全く感じさせない、堂々たる部長としての風格を漂わせていた。
 ファーストフード部のレギュラー全員が集められ、コロッケが口を開く。
「みんなわかっていると思うけど、あと一ヶ月で大会当日です。私たち三年生にとっては、高校最後の大会になります。悔いの残らない結果が出せるよう、精一杯練習をしましょう。……もちろん勉強もしなきゃ、だけどね」
 コロッケは最後でペロリと舌を出した。やはりコロッケは、こういう緩急のつけ方がうまいのだ。直後に飛んできた「部長は勉強ちゃんとしてるんですかー?」というやじにも、ちゃんとお茶けて返していた。
 やっぱりコロッケは、みんなの中心だ。僕だけじゃなく、誰とでも仲良くうちとける。僕はたまたま、コロッケとの付き合いが長いから、連れ添ってもらっているだけなのだろう。
 きっと僕は、コロッケにとって特別な存在ではない。でも、いつもみんなからあぶれてしまう僕にとっては、コロッケは誰にも替えがたい、唯一の存在なのだ。なんて歪なミックスフライだろうか。
 特別でなくてもいい。せめてコロッケが、僕のことを見ていてくれれば十分なのだ。
 だから僕は、今日もファストフード部で、苦手な団体競技の練習をする。
 僕たちの高校生活最後の大会の種目は、「セットメニュー」だった。

メンチカツ2

『お前はエリートなのだから、つまらん料理と仲良くなる必要はない』
『特に揚げ物なんてのは、ジャンクさしか取り柄のない取るに足らん存在だ』
『ビーフ家に生まれた者として、ふさわしい道を選べ』
 そう言われて育ったぼくには、学校のクラスメイトと仲良くなる方法なんてわからなかった。
 両親がほとんどの娯楽を禁じていたため、共通の話題なんてない。無理やり天気の話題で話しかけようとしても、家のせいか相手の態度はどこかぎこちない。僕はどんどん、ひとりぼっちになっていった。
 そんな僕に話しかけてくれたのが、コロッケだった。
 コロッケは、今と変わらぬカラッとした明るさで、僕に接してくれた。教室の隅で本を読む僕に、
『ねえ君、一人? 暇ならさ、一緒にファーストフードやろうよ!』
 と声をかけてくれたのだ。
 ファーストフードという競技自体初耳だった。クラスメイトから話しかけられる経験がほとんどなかった僕は、ぽかんと口を開けてしまった。
『知らないの? 大丈夫! やればわかるよ!』
 そう言ってコロッケは、僕の腕を強引に引っ張り、小学校のグラウンドへと連れ出した。
 それが僕の、コロッケと、そしてファーストフードという競技との出会いだった。

メンチカツ3

 僕が知らなかっただけで、ファーストフードというのは、国民的、いや世界的なスポーツらしい。子供から大人まで、全ての食品がこの競技をプレイし、観戦し、そして熱狂していた。まるでサッカーのようだ。
 いかに早く、手軽に、そして美味しい食べ物になれるか。ただそれだけを競うシンプルなスポーツ。僕はすぐにその魅力の虜となった。
 競技そのものももちろん楽しかったが、やはりコロッケと共にプレイするから、のめり込んだのかもしれない。僕は自然と、コロッケと一緒にワクドナルド・スタジアムでプレーするのを夢見るようになった。ワクドスタジアムは、前ファーストフードプレイヤーの憧れの場所だった。
 しかしその夢には、大きな壁があった。両親の存在だ。
『ファーストフードなど断じて認めん。第一、お前の取り柄は溢れんばかりの肉汁だ。重厚感のある牛肉の旨味を、ゆっくりと味わってもらうことこそ、我々の家の使命だ』
 中学進学を機に、ファーストフード部に入部しようとする僕を、両親は許さなかった。
 両親の言うことも、理解できないではなかった。ビーフ家に生まれた僕がワックの舞台を目指すのには無理があった。肉汁の溢れ出るハンバーグは、食材として適していないのだ。そもそも、ナイフとフォークを必要とする時点で、大きな遅れを取る。
 しかしそれでも、僕は夢を諦められなかった。どうしても、コロッケとともに世界へと羽ばたきたいーー。そして僕は、ひとつの決意をした。
『わかりました。確かに今の僕じゃあ、ファーストフードをするには限界がある。……なら、こうするまでです』

 そうして僕は、衣を身にまとい、煮えたぎる油の中へと飛び込んだ。

 そうして僕は、ハンバーグであることをやめ、メンチカツとなった。
 後悔はなかった。なぜならこれで、コロッケと同じ姿になれたのだから。

メンチカツ4

「瞑想するのもいいけど、もうそろそろアップしなよ」
 過去に想いを馳せていた僕の肩を、コロッケが小突いた。
「ごめん。ちょっと昔のこと、思い出してた」
 高校生活最後の選抜大会。僕たち労損高校は、地区大会の決勝戦までコマを進めていた。最後のこの試合に勝った者が、晴れて福岡代表として、全国大会に出場できるのだ。全国大会の舞台はーー幼き頃から夢見た、あのワクドナルド・スタジアムだ。
 じゅう、と額に肉汁がにじむ。これまでの大会では、準決勝敗退が関の山だった。そんな僕たちが、夢の一歩手前まで来れたのだ。あともうひと頑張りだ。僕は強く頬を叩いた。大きな音が、控室に響く。空気がピシャリと切り替わったようだった。
「気合ジュー分だね。じゃあ、そろそろ行こう」
 コロッケの言葉で臨戦態勢となった僕たちは、コートへと歩き出した。
 僕もコロッケも、高校卒業後もこの競技をやっているかはわからない。二人でワクドスタジアムという夢を叶えるには、これが最後のチャンスなのだ。
 この試合だけは、絶対に負けられない。僕は先を歩くコロッケの背中を、強く見つめた。

メンチカツ5

 労損高校ファーストフード部は、惜しくも地区大会決勝で敗れ去った。
 勝負を分けたのは、コロッケの小さな采配ミスだった。デザートとしてしんがりを務めるソフトクリームをコートに出すタイミングが、わずかに早かったのだ。少しでもタイミングがずれれば、ソフトクリームは溶け始めてしまう。
 きっとコロッケは、勝ちを急ぎすぎてしまったのだろう。いつもなら冷静にタイミングを待つところを、決勝のプレッシャーに負けてしまったのだ。きっとあのフィールドで最も勝ちにこだわっていたのは、僕でも、他のメンバーでもなく、コロッケだったのだろう。
 試合の終わったあと、僕はコロッケにかける言葉を見つけられなかった。何をかけても美味しいはずのコロッケだか、今はどんな言葉をかけても、気不味くなるだけだろう。
 僕たちの夢は潰えた。もうすぐそこに見えたスタジアムの景色は、一瞬で届かぬ者となった……。

 かに思えた。

コロッケ1

 メンチが、聖バーガー大のファーストフード部にスカウトされた。
 そのニュースは、一瞬で学校内を駆け巡った。塞ぎ込んでいた私が授業に復帰した、ちょうどその日のことだった。
 聖バーガー大といえば、誰しもが知るファーストフードの強豪だ。あらゆるスターファーストフーダーを生んだことで有名だ。
 そして同時に、隠れた才能を発掘することの多いチームだ。それまでファーストフード界では見向きもされていなかったチーズという選手を、バンズで挟むことで、天下無双の強さまで引き上げた。バーガー大のバンズに見込まれた選手は、皆大きな飛躍を遂げる。そして大学リーグの決勝大会、ワクドスタジアムの舞台で、華々しく活躍するのだ。
 そんなバーガー大に、メンチが選ばれた。メンチもきっと、バンズに見込まれたのだ。
 私は膝から崩れ落ちた。どうしてあんなやつが。どうして、私を真似して競技を始めただけのあいつが、私を置いてそんなところへ行くのだ。地区大会の決勝では、プレッシャーで判断が鈍っただけだ。私とあいつでは、ほとんど実力差なんてないはずだ。なのに、どうしてあいつだけ!
 いてもたってもいられなくなった私は、メンチにメッセージを送った。
 夜8時、私たちが初めてファーストフードをした、小学校のグラウンドに忍び込む、と。
 一対一で、勝負してやる。

コロッケ2

 結果から言うと、私はメンチに、一度も勝てなかった。
 何度挑もうとも、私はコロッとケーオーされた。何度挑もうとも、カツのはメンチだった。
 差は歴然としていた。どうしてこれまで、自分がメンチと同等だと思っていたのかわからない。特にジューシーさという面において、圧倒的にメンチが上だった。
 それはつまり、原材料の差。ポテトの家に生まれた私には、肉のメンチには勝てない。
「もう……もう一回! こんどこそ、私が……」
 月明かりの中、私は懇願する。負けたくない。こんな、後付けで衣を纏ったようなやつに。
「もう、やめようよ」
 押し黙っていたメンチが、口を開く。
「今、はっきりわかってしまったよ。一対一の勝負なら、僕は君には負けない」
「そんな、そんなわけない」
「いや、そうなんだ。君は、みんなで戦う食べ物なんだ。いつもみんなの中心で、だからこそみんなのことを理解して活かすことができる。それは僕には、絶対にできないことだ。だけど君は、逆に自分を活かすことは、できていないんだ」
 メンチはとうとうと語る。
「自分をちゃんとわかってないんだ。昔から君は、人のことには気がつくのに、自分のことには目がいかないやつだった。自分の動きが激しくて、大きな音が出ていることにも気づかない。自分がここぞというときに緊張することにも、気づかない」
「やめ、やめてよ」
 そんなこと、言わないで。それは私が、必死で目を背けていたことで。
「申し訳ないけど、僕は君と違って、人の気持ちがよくわからない。だから、言うべきだと思ったことは言うよ」
 メンチが、死刑宣告みたいなことを言う。言わないで欲しい。そんな、酷い言葉をーー

「君の衣は、身を隠す衣だよ。自分で自分の姿が見たくないから、鏡に映らないようにしてるんだ」

 私の目から液体があふれる。
 私はメンチではないので、きっとこれは肉汁ではないのだろう。
 べたべたになる私を、メンチはいつまでも見つめていた。

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