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姉の背中を追って 向田邦子『思い出トランプ』
向田邦子氏が旅立ってから、今年の八月二十二日で丸四十年となった。
この時期は太宰治の桜桃忌と同様、心がざわつく。
私は、彼女がこの世を後にした七年後に生を受けた。
彼女と私の生きた時間は全く被らないし、特筆すべき共通点も無い。
それでも身内を偲び命日付近にその人を思うと同様、八月の半ばくらいから、改めて彼女に心を傾ける自分に気付くのだ。
死した人の手紙を見返す様に、改めて著書を開く。
こう言った
手紙の魔力 井上荒野『綴られる愛人
面白くて面白くて、面白さが過ぎて、いっそ憎く思える小説がある。
それだけ心を揺さぶってくれる小説に出逢えた事を幸福と慶ぶべきだろうが、否、やはり憎い。
憎くて堪らない。
作品を拝読する度、私をそんな陰湿な女へ堕落させる小説家が居る。
井上荒野氏である。
氏は「全身小説家」と呼ばれた作家、井上光晴氏を父に持つ。
荒野と書いてあれのと読ませる名は実父が与えた本名であるから又、創作者として恵まれ過
アートを愛する者達の底力 原田マハ『デトロイト美術館の奇跡』
「アートの底力」とは、それのみで一つの単語と認められて良い程の常套句である。
アートは時に人を、社会を動かす力を持つ。
昨年の春先より毎日の様に耳にした「不要不急」の概念によって、私達はアートから引き離されてしまった。アートを芸術と広義に捉えると、美術館や博物館は一時閉館を余儀なくされ、映画は自宅で楽しむものとなった。コンサートや演劇の舞台は延期や中止こそ勇断の風潮となり、再開へ踏み切ってもまた
パッパに愛された記憶 森茉莉『貧乏サヴァラン』
貴方の人生で、最高に幸福だった日はいつですか。
もし最高に幸福だった日はいつ、と答えられるなら。
貴方は誰と居て、どこで何をしていたのでしょうか。
その瞬間は悲しいかな、往々にして遠く過ぎ去ってしまった後、手応えが薄れてしまった後で実感をもたらすものである。
ここに、一葉の写真がある。
白髪を緩くアップにした一人の女性は、艶のある丸顔に丸い瞳を持ち、視線を宙に泳がせ、誰かへ話し掛けている
愛の殉教者 江國香織『ウエハースの椅子』『とるにたらないものもの』
小説に於いて魅力的な主人公とはどんな人物だろうか、と時折考える。
恐らく答えは読者の数だけ存在するが、私の場合は「私を投影させられる人物」と、極めてシンプルな仮説に到った。
私を投影すると言う事は、主人公に自分自身と似た部分を見つける事。
言動や刻々と選択される行動に、共鳴する事である。
江國香織『ウエハースの椅子』を初めて読んだ時、私は古びた喫茶店の固い座席で、比喩や誇張を省いても、軽い眩