渡辺浩弐さんの新刊『2030年のゲーム・キッズ』を読んだ

私の好きな作家、渡辺浩弐さん(Twitternote)の新刊が出たー!

大雑把にいうと2023年4月に発売された『7つの明るい未来技術』で取材された7つのテクノロジーをテーマに、ショートショートを書いてみようという1冊です。


この2冊は姉妹作であり、章立て(テクノロジー)もそのまま共通しています。

  • 人工冬眠

  • デジタルツイン

  • ブレイン・マシン・インターフェイス

  • NFT

  • 昆虫食

  • 遺伝子検査

  • AI/ロボット

それぞれのテクノロジーごとに2作のショートショートが収録されており、これで14作。それに加えて7つのテクノロジーが絡まり合って進化した先を描いた中編作品「2030年のゲーム・キッズ」が収録。合計で15作が収録されています。

以下、感想を書いていきたいと思います。


1.あの〈ゲーム・キッズ〉が帰ってきた!

本作は〈ゲーム・キッズ〉シリーズとしては2019年発売の『令和元年のゲーム・キッズ』、2020年発売の『2020年のゲーム・キッズ →その先の未来』以来3年ぶりの単行本になります。

とは言っても『令和元年』と『2020年』はそれぞれ主軸となるワンテーマがある作品集でした(それぞれ「定寿法」、「アフターコロナ」)。そのなかには渡辺さんらしく、もちろん新しい科学技術が取り扱われてはいましたが、〈ゲーム・キッズ〉としての立ち位置は今までと異なる部分があったと言えるでしょう。

また、本作の宣伝には「〈ゲーム・キッズ〉シリーズ30周年」という文言が使われています。本のつくりもシリーズのスタートである『1999年のゲーム・キッズ』をオマージュしたと思われる部分が多々あり、少し嬉しくなりました。

『1999年』を思わせるポイントをあげてみると、

  • 『令和元年』、『2020年』のようなテーマ縛りがない作品集である。

  • 各ショートショートに用いられた科学技術の解説がKEYWORDとしてついている

  • 目次や各章の扉ページに四角のドットが用いられている(おそらく星海社版『1999年』に用いられていたもののオマージュ)

  • 作品に掲げられた年代が未来である

といったものが挙げられます。

私が一番嬉しかったのは「作品に掲げられた年代が未来である」という点なのですが、これには少し説明が必要でしょう。

〈ゲーム・キッズ〉は1993~1995年に発表(初出。以下同)された『1999年』、1995年~1997年に発表された『2000年』、1998年~2000年に発表された『2999年』から始まりました。

これから分かるようにもともとは未来を〈ゲーム・キッズ〉は未来を描いた作品集だったのです。

転換点となったのが2012年~2013年に発表された『2013年のゲーム・キッズ』です。この作品から『令和元年』、『2020年』の3作はタイトルに掲げられた年代=発表年代となっています。

ではなぜこれらの作品が同年代を掲げ描かれたのかという点は、『2013年』発表当時に行われていたニコ生で語られていました。

もうそのアーカイブも残っていないので私の記憶だよりになってしまうのですが、大体のことを要約すると「現在(2013年)は科学技術が発展し一般の人々がそれらを使いこなすようになった。そのためフィクションのような現実、現実のようなフィクションが本当に起こってしまう。これからのSFは未来との勝負ではなく、現実と戦っていかなくてはいけない」というようなことを言っていました。

渡辺さんは2013年以降、現実に追い付かれてしまったという認識を持ちながら小説を書き続けてきたことになります。ある意味ではそれはSF作家としての敗北であったのかもしれません。

その認識をもとに「もう一度、現実に負けない未来を書く」として掲げられたのが『2030年』なのです。なんだこの胸熱展開は。

ここにあるのは、あの〈ゲーム・キッズ〉なのです。

2.ショートショート感想

この節では気になったショートショート作品の感想を書いていきます。

まず読んだ誰もが思ったことを言わせてもらうと、ダークサイドとライトサイドが機能してないよね!

先述の通り、7つのテクノロジーに2作が書かれています。巻末の附記から引用すると「7つのテクノロジー[中略]がダークサイド(D)とライトサイド(L)それぞれに着地したシーンを書いた」とされているのですが、基本全部ダークなオチですよ!

ミスリードされててDarkとLightじゃない、なにか別の単語なのかなとも考えましたよ。しかし、強い闇を感じるにはその分強い光とのギャップが必要であり、その逆もしかり。ダークとライトは表裏一体ということなのでしょう。

私がまず好きなのは遺伝子検査のSide-D「未来犯罪処刑人」。

「男はもうそこにいなかった」で物語を締めても十分になりたっているのですが、それに加えての最後のワンフレーズがグッときました。

このお話は「電車」「人を殺す」「結局死なない」で『プラトニックチェーン』の「ショウ」を思い出しながら読んでいたのですが、それと比べても圧倒的に面白かったです。科学技術をテーマにしながら、そこだけに依存しない作家性が進化していて円熟味を感じました。

あともうひとつ挙げるならデジタルツインのSide-L「長いお別れ」も好きです。これもオチ自体はLightじゃなくてDarkなんじゃないの作品ではあります。

主人公が何度も何度もこの場面を繰り返すのだとヤバイ人ですが、その場を去ったあとは彼は二度とこの場面には戻ってこないでしょうし。

いわゆる「復讐なんてなにも生まない」言説の対極にあるような作品ですが、それでもこの出来事が主人公の慰みになって明日から少し強く生きていけるなら全然アリだと思うんですよね。

他の作品も外れがなくウェルメイドにまとまっていて楽しく読めました。

3.中編「2030年のゲーム・キッズ」

ショートショート集を買ったと思ったら、全ページのうち半分は1つの作品で埋まっていた! という衝撃的な展開。

「附記」や『7つの明るい未来技術』の「おわりに」を考えると、本作のショートショート14作は『2013年』から続く、現在にも起こりうるフィクション的な物語の系譜として読めそうです。

そして再び未来を描いた作品こそが中編「2030年のゲーム・キッズ」ということになりそうです。

この作品の感想を書くのは少し難しいところがあります。まずは自分を延長させる『死ぬのがこわくなくなる話』の続編としても読めそう。あるいは自分の分身を作る『アンドロメディア』の続編としても。

そして、『7つの明るい未来技術』でのレポートから始まり、本作のショートショート部分によるシミュレーションを提示されれば内容的な科学的実現性も、なくはないかも……と思わされます。

7つのテクノロジーだけではなく、かつての作品を想起させるセンテンスもいくつかあったり(自分だけは死なない→『1999年』の「爆弾人」、『令和元年』の「死なないヒロイン」など)で、今までの総決算として読むことができそうです。

そんななかで本作が新しく提示したSF的警告で、一番大きなものは物理世界における「事実上の同一存在」でしょう。

「事実上の同一存在」について考えてみます。

今回のユーキちゃんの不幸ポイントは「ユキは、ユーキが望んだ結果生まれた存在でははない」という点につきると思います。ユキちゃんは遺伝子データ、病院にストックされた身体的データ、ライフログなどから親の指示で作り上がった存在です。

これが自分のオーダーで作り上がった存在だったらまた受け取り方も違ったし、成人していれば自らの意思でユキちゃんの運用をストップできていたはず。

もちろん、このユキちゃんは2023年に生きる私たちが何気なくしていること(遺伝子検査をしたり、病院に行ったり、フェイスブックやXへの書き込み)で、本人の知らないところで第三者の手によって生まれてしまっているかもしれない存在のメタファーであることは確かです。あるいはそのデータバンクは「第三者」という存在すら必要とせず、iKILLネットのように自動的に立ち上がるものなのかもしれません。

渡辺さんの他の作品(『M-Noah』の「時空を超えて結ばれる」)では、他者によるデータバンクからの人間の再生を生前の本人権限で拒否するシーンがありました。現実的には「自己の複製」にはこのような本人の意志・遺志が前提になってきそうです。2030年はその時代の間隙を描いた作品ということに。

作中では自動会話システムが不穏なものに描かれていますが、これは実際にあったら便利ですよね。同じことを繰り返す人との会話とか、理不尽なことをいう上司との対応とか。文章だとこのポジションはChat-GPTなんかで実用化されていそう。

(もちろん将来的には会話をするどちらもが自動会話システムを利用するようになるでしょうし、星新一さんの作品にもずばりこんな作品があったと記憶しています)

各データを基にユキちゃんが存在しているということは、ユーキちゃん自身にも傲岸不遜な性質は含まれていると考えることができます。

寝たきりで卑屈になっている自分が、肉体的に自由になったときに顕れる性質との違いなんかも社会的なテーマになっていきそうです。病院にいた頃はあんな乱暴な性格ではなかったのに、みたいな。

お洒落をしただけで自分が生まれ変わったように感じ、自信を持てるようになることだってあるのだから、肉体が生まれ変わったらその比ではないでしょう。

とは言ってもユーキちゃんとユキちゃんは突き詰めていったときに同一の存在なのかと言うと私としては疑問があります。遺伝子データや身体データはともかく、いわゆるライフログの部分は100%の記録はできないと考えているからです。

出来事はともかく、気分や機嫌の状態って完全に記録され得るものなのでしょうか。

なにか特筆すべき重大な出来事の前におなかが空いていて機嫌が悪かったとか、別に意識していなかった異性だけどあの日一緒に歩いた夜道がそういえばきれいな満月だったから関係性が変わったんだなあとか。

可能性世界の分岐でよく例えられるものを使えば、歩幅が1mm違ったら世界は分岐しているはずだ、みたいな。

そういう些細で記録され得ないけれど、人生に影響を与えることってあると思うんですよね。遠未来の話であれば生まれた瞬間からBMIをつけていてログがとられているし、それを人間にインストールもできるなんて仮定はできますけど、2030年じゃまだ無理じゃないかな。

話が戻って「事実上の同一存在」に戻ると、この存在の作成はスピリチュアルな界隈で使われる「アセンション」に該当するんじゃないかなーと思っております。いや、その界隈詳しくないので違うよって言われたらすみませんとしか言えないんですけど。

アセンションとは、ひとつ上の次元の存在に生まれ変わることだと認識しています。生まれ変わるということはもともとの自分とは少なからず異なるもの。しかしながらある程度の同一性を持っていることでもあります。

スピリチュアル界隈において、生まれ変わったあと、もともとの自己は残るのか、あるいは汚物とされているのかなんてことも議論されてそうな気がします、知らんけど。

科学とオカルトが最先端で融合しているとなると、ある種の渡辺浩弐っぽさも感じてきれいなオチでもありそう。

4.もっとこうだったらなーってところ

そんなこんなで『2030年のゲーム・キッズ』、楽しく読みました。特に中編に関しては以前の作品への回答と読めるところもあったり、新たな問題点への提示もあったりで、渡辺作品史におけるマイルストーンになりそうです。

ここからはもっとこうだったらよかったのになーという点を書いていきたいと思います。言い方を変えると期待とは違っていた点です。それが間違っていたとかではなく。

・もっといっぱいの作品数を読みたかった

先にも書きましたけど、一冊のうち半分がひとつの作品とは思っていませんでした。ショートショート集の華は収録作品数にもあると思っているのでもっともっと綺羅星のごとき煌めきを味わいたかったです。

今回が30周年の作品だとすると、その位置付けとして作られたものではないにせよ、10周年には2003年の『2999年 完全版』(100作品超収録)、20周年には2013年の『2013年』(他シリーズとの繋がりをも見せたおよそ50作品収録)があったので、15作はちょっと少なかったかなーと。各作品は面白いんですよ。

渡辺さんの近年の単行本をみるとページ数の少ないものが続いているので、その流れなのでしょうけど、うーんやっぱり窒息するほどの作品数を読みたいですね。

・本のつくり、もうちょっとだけ頑張って

これは単純に没入感を損なわないためとか、統一性があった方が美しいよねという話。どちらかというと出版社さんにおねがいしたいことです。

KEYWORDとKEY-WORDが両方使われているけど、意図的な使い分けではなさそうな点。電子書籍のタイトルが『2030年のゲーム・キッズ』と数字が全角になっている点(過去作品は『1999年のゲーム・キッズ』のように全作品が半角)。kindle上でタイトルでソートすると結構な違和感。

近年の作品は、間違いとは言わなくても疑義がある点がちょこちょこあるので星海社さんにはもうちょっとだけがんばってほしい……。

・Last Pieceの意味とは

帯では中編「2030年のゲーム・キッズ」に"Last Piece"というテーマ(?)が掲げられております。他作品で言うとテクノロジー名である"人工冬眠"とか"デジタルツイン"に該当する部分。

ただ、このLast Pieceという言葉が帯にだけ登場しており、本の中身には一切出てこない言葉なのでどう捉えたらいいのか難しいのです。

話が少し戻りますが先程のKEYWORDとKEY-WORDの使い分けについて考えてみます。前者は目次ページ、各テーマの扉ページといったおそらくデザイナーさんが担当している部分で使われています。後者は紙作品での各ページのフッターや、電子書籍での目次機能といったおそらく編集者さんが担当している部分で使われています。

となると帯にだけ書かれているLast Pieceはおそらくデザイン領域のもの。この表現には渡辺さんはどこまで関与しているものなの、というモヤモヤが生まれてしまいます。渡辺さんが作品にわざわざつけた文言であれば本文の方にも載っていて然るべきだし……。うーんどっちなんだ。受け取り方によっては大袈裟にも取れる文言なので、誰が作った言葉かによって意味が大きく変わってきてしまうように思えます。

5.おわりに

あとは、ほしさんが描いたジャケット絵もいいですよね。中編「2030年のゲーム・キッズ」をどことなく思わせるような、自分が操作する自分=ゲームのキャラクターを描いています。

2023年の年始くらいのYouTube Live配信で、渡辺さんが「2023年は3冊新刊が出る予定」と言っていて、そんなに出るのとビックリしました。2023年もまだ三分の一が残っているのに早くもその予告が達成されたのにもまたビックリ。

内容も新書一冊、完全新作一冊、〈ゲーム・キッズ〉の新作が一冊と、予想していなかった領域から待ち望んでいた一冊まで攻守完璧な布陣です。来年もこれくらい新作が読めればいいな。

特に中編「2030年のゲーム・キッズ」は「自分が生きているうちに誕生する物理的に新しい自分」という点で渡辺作品史を更新した作品だと思います。今までは大抵、死んだあとに遠未来で再生するとか、自分が生きているうちに誕生したけど人工知能に過ぎないとかそういうものでした。

今までの読者にとっては改めて過去作品を見返すと、新たな発見やインスピレーションが湧く一冊ですし、新規の読者さんにもひとつのマイルストーンとして読み始めにおすすめしやすい一冊です。是非とも全人類に読んでいただきたいです。

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