見出し画像

優しい時間 2021/12

「またお会いしましょうね!」

 ケアドライバーが目的地でかけるこの言葉は、時に虚しく空に溶けてしまう。車内で少し会話をしただけ、しかしその寂しさに慣れることはない。

                 …

 これから手術に挑む母の姿を、子はどんな風に見ていたのだろう。優しく気遣うその言葉からは、高齢の母が乗越えられるか不安なようにも、久しぶりの母娘の時間を楽しんでいるようにも感じられた。

 長期入院のため長く空いてしまう家族の時間は、以外にも、転院先の病院へ向かうタクシーの中で再開した。体力のない母からは、ひとつふたつと言葉が返るだけだが、それでも2人の温かい関係が伝わってくる。

 私も少しだけ会話に加わって、車は広域農道を新潟市へ向かう。白鳥が来てるんですよと声をかけると、眠い、とのこと。貴重な娘さんとの時間をお邪魔しました。

 ラジオから子供達の歌声が流れてきた。

 「ほっほ、ほっほ、ゆれゆれゆれゆれ♪
               ほっほ、ほっほ、ゆれゆれゆれゆれ♪」

 母娘がこれまで一緒に過ごしてきたのはどんな時間だったのか。きっと愛情溢れた空間だったのだろう。無邪気に笑う小さな女の子と、優しいお母さんを想像した。

 市民病院の玄関で車椅子を乗り換え、「またお会いしましょう」と声をかけると、少し目元を緩めて「ありがとう」と返事をくれた。良くなって欲しいと思った。

 数日後、新聞のお悔やみ欄には、その人の名前が記載されていた。

 私たちは親との別れをどのように受け入れるのだろう。育ててくれた恩義よりも、良い悪いに限らず一緒に過ごした多くの時間と、どう折り合いをつけるのか。

 あのお子さんのように、私は優しい時間をプレゼントできるだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?