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『金色夜叉』と『氷菓』

注意:この記事には米澤穂信氏の小説『氷菓』およびそれを原作とするアニメに関する重大なネタバレが含まれています。いずれも未読・未視聴の方は、いずれか一方を読了・視聴の上で本記事を読むことをおすすめします。

 今からちょうど2年前、まだ大学3年生だったころ、私は尾崎紅葉の『金色夜叉』という小説を読んでいた。明治時代に書かれた作品で、当時ベストセラーとなった小説である。内容としては、主人公の青年・はざま貫一が許嫁いいなずけ鴫沢しぎさわ宮を資産家の男に奪われたことに絶望し、金銭の鬼(=金色夜叉)と化して高利貸しの手代となるというもので、熱海の海岸で貫一が宮を蹴り飛ばす場面は有名である。文体も特徴的で、地の文を文語、台詞を口語で書くという、いわゆる「雅俗折衷体」というスタイルが採用されている。
 そんなこの小説を読んでいて、私はとある奇妙な表現に出会った。それは、「高利貸」という言葉に「アイス」という振り仮名が振ってあるというものである。すなわち、「高利貸」と書いて「アイス」と読むということなのであるが、なぜそのように読むのか、初めて見る人は解せないであろう。私も最初よく分からず、どうして「高利貸」が一見無関係のように思われる「アイス」という言葉で読まれるのか理解に苦しんだ。また、この表現が初出する箇所の近くには、「美人びじクリイム」という謎の造語も登場する。奇妙な表現の連続に、私は困惑を禁じ得なかった。
 これらの表現の正体は、掛け言葉である。すなわち、「高利貸こうりがし」は「氷菓子こおりがし」と音が似ており、また「氷菓子」は英語で「アイスクリーム(アイス)」だから、「高利貸」→「氷菓子」→「アイスクリーム」→「アイス」という繋がりで、「高利貸」を「アイス」と言うのである。また、「美人クリイム」はその派生語で、「美人の高利貸(=アイスクリーム)」だから「美人クリイム」というわけなのである。巻末の解説を見てこのことを知ったとき、私は「なるほど、上手く考えられているなあ」と感心した。
 それからしばらくして、そういえば氷菓子(アイスクリーム)に関する言葉遊びが出てくる作品として『氷菓』があるなと思った。これは、米澤穂信氏の小説およびそれを原作としたアニメであり、タイトルが「氷菓」となっていることからも分かる通り、氷菓子についての言葉遊びが物語における重要な要素となっている。作品の内容は、主人公たちが所属する部活の部誌『氷菓』のタイトルに込められた意味を探るというもので、その意味は「私は叫ぶ」というものであった。どうして「氷菓」が「私は叫ぶ」という意味になるのかというと、これも掛け言葉で、「氷菓」は英語で「アイスクリーム」であり、かつ「アイスクリーム」は「I scream」と音が近いから、「氷菓」→「アイスクリーム」→「I scream」で「私は叫ぶ」となるわけなのである。
 私が初めて『氷菓』を見たのは高校1年生の終わりくらいの時で、『金色夜叉』を読むよりも4年以上前のことである。つまり、先に触れたのは『氷菓』の方なのであるが、その視聴から4年を経て、作られた時代も物語の内容も全く異なる『金色夜叉』という小説において、まさか再びアイスクリームに関する言葉遊びに出会うとは思っていなかった。ほとんど繋がりの無いように思われる2作品が、同じものについて言葉遊びをしているというのはなんだか面白いなあと思った。また、両作品はそれぞれ異なる方法で言葉遊びをしており、同じものについて2通りもの遊び方ができるということに、「アイスクリーム」というものの言葉遊びにおけるポテンシャルの高さを感じた。

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