12月4日は「E・Tの日」らしい

「いぃ〜てぃい〜」

今日は彼女とデート。
歩き回って疲れたからと、目に付いた喫茶店に入りドリンクを注文して一息ついていたところ、1本の人差し指と気の抜けた声が飛び込んできた。ボックス席の前に座る彼女が突然起こした行動である。

「なに?どうした」
「知らない?E・T」
「映画のだろ?それは知ってるけど、突然するからびっくりした」

犬よりも猫のような彼女はマイペースな人だ。飄々とした態度で暮らす彼女が心配で何かしら面倒をみていたところ、気づいたら恋人になっていた経緯がある。おおよそ席について注文も終えたところで暇になったのだろう、頭の中でピンときた言葉を適当に放ったに違いない。言われてみれば、こうした推測はできるが突然言われたら、おいどうしたとなるものである。

俺のそんな気持ちを知ってか知らずか、彼女はいつもの思案顔で先に出されていたお冷を飲んでいた。そしてゆっくりとコップを置くと彼女なりの理由を説明してくれたのだった。

「今日はね、E・Tの日なんだって」
「ほぅ?」
「日本で映画が公開された日にちなんで制定したらしい」
「へぇ」

彼女はどこで仕入れてくるのか、たまにこうしてよくわからない知識を披露することがある。このふとした時に披露される話は俺から見れば突拍子もないのだが、彼女には何かきっかけがあって話し始めていることだった。

「ちなみに実際の映画には、さっき私がやろうとしたみたいに指と指を合わせて『いぃ〜てぃ〜』ってやるシーンは無いんだって」
「そのイメージあるよな」
「ポスターのイメージが強いみたい」

スマホで『E・T ポスター』と検索すれば、有名なシーンである『大きな月に自転車をこぐ少年とカゴに入った毛布を被った宇宙人の黒い影』が描かれた手前に『触れそうな距離にある宇宙人と人間の指』も描かれてあった。確かに俺もこのイメージが強い。彼女のモノマネを聞いたばかりだが、脳内にあの宇宙人の声と壮大な音楽が再生されている。

「宇宙人と少年の友情物語。未知なる生物との交流に指と指を触れ合わせるなんて素敵だよね」
「実際にはないシーンだけどな」
「そこには色々と想像できる余地があるから、実際にはあるはずがないのにこんなにも定着したんじゃないかな」

映画の主題のようなものを見事に表現したという意味では、劇場ポスターの役割として抜群の仕事をしたということだろうか。結果、本編にないものを人々に植え付けてしまったが、それでも忘れられてしまうよりは良いのではないかと思う。そんなことをぼんやり考えていると、再び目の前に彼女の人差し指がやってきた。

「あとね、真似しやすいんだと思うんだ。未知なるモノとの交流に指と指を合わせる行為。……なんだか素敵じゃない?」

彼女がうっすらと微笑みながら俺を見ている。
彼女の人差し指は俺を待っているみたいだ。
ここは店内の端にあるボックス席。
頼んだ注文はまだ来ていない。

覚悟を決めた俺は、自分の人差し指を彼女の人差し指にそっと合わせた。


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