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かわいい男T。

T。僕より少し背が高くて、たぶん185cmくらいあったと思うけど、かわいい男だった。飲食店でバイトしていて、赤白のチェックのエプロンが似合ってた。

Tは毎日、「僕ね、今日はこんなことしたんだよ」「こんなことあったんだよ」って、学校での出来事をお母さんに報告する小学生のようにメッセージを送ってきた。 かわいかったよ。

ただ、僕にそれに応えるだけの度量がなかった。その時になっても僕はまだ、自分がゲイであるということを直視できていなくて。 真っ直ぐに向かってくるT。Tと付き合うということは、これはもう、まぎれもなく僕はゲイ。

ホモのホモフォビアっていうのがある。24歳までの長いクローゼットな生活で、「ホモはいけないこと」っていう考えを拭い去れていなかった。 いつか女の子と結婚して家庭を持つ、そんな希望をまだおぼろに持っていた。

Sと遊んだのに。ネットでゲイ友達探しているのに。 でも、Tと正面から付き合う、Tの彼氏になるというのは、その時の僕にとって、point of no returnのように感じられたんだ。

今にして思えば、僕はそもそもpoint of no returnの向こう側にいて、そこを越える越えないの心配なんかする必要なかったんだけどね。認めようと認めまいと、僕はゲイだったんだから。

最初の海外赴任をしたのがその頃。 Tは、大好きだから遠距離でも大丈夫って、必死に涙こらえて僕を送り出してくれた。 そして、遠くて辺鄙な僕の任地まで、貴重な休暇とお金を使って会いにきてくれたんだ。

それでも僕は煮え切らない態度で、Tの真っ直ぐな思いをぬらりくらりと避けてた。ひどい奴。 任地にまで来てくれたTを僕はちゃんと抱かなかった。ベッドの中でTはすすりあげるように泣いた。

ひどい奴である。 嫌いじゃなかったのに。むしろかわいいと思っていたのに。 でも、僕は事ここに至っても、まだゲイとして生きていくことに躊躇していたんだ。

Tは泣きながら、僕の元を去っていった。今でも悪いことをしたと後悔している。その時のことを思い出すと、ひとり夜中にため息ともなんともつかない変な声が出る。

僕はTを傷つけた。謝れるものなら謝りたい。今、Tはどこで何をやっているんだろうか。トラウマを負うことなく、次の恋愛に乗り出せただろうか。ごめんな、優柔不断な僕で。

それ以降、Tのように真っ直ぐ僕を好きだと言ってくれる男に、あんなかわいい男に僕は出会っていない。 いまだに僕が独り身なのは、Tを雑に扱った報いだよ、きっと。

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