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Iくんは彼氏だったはず。

Iくんはセフレじゃなくて、ちゃんと「彼氏」と認識した最初の人だったかもしれない。

とあるバーに、19時台とか早い時間に現れる人で、僕も早上がりの日に帰りにちょっと寄ると、時々見かけた。 奥手な感じで、でも顔は濃くて、小声で話をする人だった。

早い時間のバーは人が少なくて小声でも話ができたし、僕も声が通りにくい声質でうるさい場所が苦手なので、2人でゴショゴショ話してたら、Iくんの仕事も僕と一緒の業界で。

二人で何度かご飯食べに行って、あまりエロくない、関係を確認するような夜を過ごして。そう、レンタカー借りて冬の草津温泉に行ったよな。

僕はそのくらいの関係が心地よかった。これがステディなパートナーがいるってことなんだよなと思ってた。彼氏がいるって、こういう心持ちなのかということを初めて認識させてくれた人だったよ。

でも、どうもIくんは違ったらしく。Iくんは、告白して、関係をちゃんと確認して、なんなら同居して、もっとしっかり結びついてこそカップルだと思ってたっぽくて。 一方で僕は、告白なんかしなくても、現に一緒に時間を過ごしているし、それで十分だった。

Iくんにとっては、それは曖昧な関係だったんだよね、今にして思うと。 鈍感な僕はそれに気付かず、いや、薄々気付き始めていたのにちゃんと確認せず、関係をそれより先に進めることもせず。

そして、予約していた代々木公園近くのレストランに現れたIくんは、「先が見えない曖昧な関係は終わりにしたい」と言った。ほんのわずかに怒気を含む面持ちで、でも育ちのいいIくんらしくあくまで静かに。

ちゃんと面と向かって別れを告げられた、要はフラれたのは、それが初めてだったかもなあ。 しかし、いいなと思った男が去っていったのは、またしてもやっぱり僕の曖昧な態度のせい。

理性が勝ちすぎる僕は、また恋愛という本能の動きを蔑ろにして失敗したわけで、この悪い癖は改善できないまま、こんな年になりましたとさ。

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