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杜甫

杜甫は712年、中国河南省で生まれた詩人、文学家。

李白と共に中国文学史上最高の詩人といわれる。

幼い頃より詩文の才能に溢れ、6歳で初めて詩をつくる。

定職を持たず、各地を転々としながら、詩作を続ける。

741年、29歳の時、楊氏と結婚する。楊氏は生涯を共にする伴侶となる。

744年、33歳の時に洛陽にて11歳先輩で既に世に名を知られていた李白と出会う。李白と過ごしたのは、わずか1年半ほどの期間であったが、共に旅をし、酒を酌み交わし、仲を深め、杜甫に大きな影響を与えた。

妻と5人の子供を抱えていたにもかかわらず、定職を得られず、相変わらず困窮していた杜甫は科挙(中国の国家試験)を受けたり、朝廷に行って詩を詠んだりと、家族のために奔走する。

756年、10年の就職活動を経て、右衛率府兵曹参軍の職を得るが、敗戦によって、また仕事を失う。

その後も、職に就いた時期はあったが、左遷や飢饉などで、困窮した漂流生活を強いられる。

770年、旅の途中、家族に看取られ船の上で59年の生涯を閉じた。

春望

国破山河在     国破れて山河在り
城春草木深     城春にして草木深し
感時花濺涙     時に感じては花にも涙を濺ぎ
恨別鳥驚心     別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火連三月     烽火三月に連なり
家書抵萬金     家書萬金に抵る
白頭掻更短     白頭掻かけば更に短く
渾欲不勝簪     渾べて簪に勝えざらんと欲す

【現代語訳】

長安は戦乱のために破壊されてしまったが、自然の山や川は昔どおりに残っている。

この城内は春になっても、草木が深く生い茂っているのみで、人陰すら見えない。

平和な春ならば花を見て楽しいはずなのに、このいたましい時世を感じて、かえって花を見ては涙をはらはらと流してしまう。

家族との別れを恨み悲しんで、心を慰むべきはずの鳥にも心を乱される。

戦火は三ヶ月もの長い間続き、家族からの手紙も今は万金にも相当するほど貴重に思われる。

自分の白髪頭をかくと、心労のために髪の毛も短くなってしまい、役人が頭につける冠をとめるかんざしも挿せないほどになってしまった。


杜甫は乱世の中、生涯に渡り、自然の美しさや民の困窮を憂うが故、職を失う危険を顧みず政府の政策を批判する詩を詠み続けた。

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