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占いと向き合う。

みなさんは占い、と聞くとどういう印象を持ちますか?

今週末は、占いと向き合う三日間でした。

私は元々、古くは解決ゾロリのようかい学校の先生しかり、椎名高志先生のゴーストスイーパーしかり、そして京極夏彦の妖怪ワールドしかり、
オカルト、魑魅魍魎などこの世ならざるものの話が元々好物である。

不条理や俗物があってのエンターテイメント

しかし、正直に申し上げてしまうと、
「スピリチュアル」はちょっと苦手である。正確に言うと、全てをスピリチュアルの世界に持って行ってしまう人がちょっと苦手である。ただこれはスピリチュアルだからという理由ではなく「何にでもビジネス横文字用語を使う人が苦手」と、同意である。
つまり、全てが運命であると言われると、エンターテイメントとして面白くしようがないからだ、
そこに不条理に絡み、争うのが人間であり俗物なのだ、と
不思議な事など何もないと言い切る京極秋彦御大の言葉を借りるなら、そういう話を入れる余地が欲しいと思っているからである。

空気読みの力=マーケティング力

話を戻すが、御縁あって私には
「理論で見る方」と「第六感で見る方」の二種類の方に触れている。
私はどちらも正解だと思っているし、双方大変素晴らしく素敵で魅力的で尊敬している方である。

私は直感には優れている自負があるが、霊的能力は素質がない(ちなみに妹はあると思う)のだが、
自称「プロのサトリ」を自負する程度には、人の事を察する空気読みの力が長けている。

これは単純に「相手がどう考えているか、どう思っているか」を、
何で感じ取るか、という事だと思っており、
氷山の一角のように言葉と、その奥にあるその言葉が発せられた意味を類推する事が好み、という事に近い。
声のトーンや目線、身振り手振りはもちろん、相手のバックグラウンドや価値観、背景情報が馴染んでくると、自ずと相手が言いたい事が言い当てられる、
こう文字に起こすと霊的だが、実際によくある事である。
私自身はこれを霊力ではなく「マーケティング力」と言っている。

占いは立派な「学問」である

占いは「その手法を万人に対応出来るよう、体系化した技法」と言い切ると、
魅惑が下がってしまうだろうか?
しかし帝王学でも取り扱われる程占いというのは確率論を元にした立派な「学問」である。

先日参加した勉強会で、陰陽五行説や干支など日本に馴染む占いの源流の触りを学んだり、
「オーラ」を感じる体験をしたり、というのをしてきた。
その方は、第六感型の方でその方が唱える真言は本当に心地が良く、確かに彼に会った後は文字通り「憑き物が落ちた」ように身体が軽くなる。
その方は特殊体質なので私はそうはなれないが、その方でさえ話をされるのは量子力学の話で、
人が誰でも持つ「気」を、分かりやすく解説する媒体がタロット、という話をされる。

タロットと日本人との相性

物欲センサーという言葉であれば馴染みがあるだろうが、人は本当に欲しいと思っているものだけ出なかったり、ここぞという時にはちゃんと奇跡が起きたり
今の化学では説明つかない力の存在は確かに存在しているように思う。
個人的にはタロットやスピリチュアル、と言われると分かりづらいが「神頼み」は誰しもした事がある通り、日本は神との距離感が大変近く、日常に根付いているのだ。特に日本は土地柄「八百万の神」と言うほど生活に神秘が根付いており、
「慣習」など決まり事による霊的作法や「言霊」の力もあり、
「宗教」として体系化されている他宗教よりもよっぽど人に近いところに神秘があると感じている。

そのため、おみくじを引いた事が人口の大半であるように、識字率が高いおかげで
「神の意思を聞く」という素質を誰しもが持っている、というのがガラパゴス日本なのである。
そのため、タロットは西洋のツールではあるが日本人とは案外「相性の良さ」があると思っている。
これは、他宗教が「死後の極楽」を求めたのに対し、「今年の豊作」という刹那的な吉兆を知りたがった日本的な文化と、卜占が相性がいいのだと個人的には思っている。

あぁ、この目でこの事象がもっとはっきり見えたら何て幸せなのだろうか。
そう思いながら、確かに手をかざせば相手の周りに何かを感じるオーラ講座を受けながら切に思うのであった。つづく。

#運命ボイス #占い   #スピリチュアル #タロット #学問


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