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【アーカイブ記事(2016/09/21公開記事)】「#眞鍋JAPAN総括 ⑦ 〜指揮官の迷走を軌道修正させていたもの〜」 #コラム #volleyball2 #vabotter #バレーボール


・前回記事
#眞鍋JAPAN総括 ③ 〜戦術面を一期目から振り返る〜

◎ ストップウォッチが招いた大黒柱のスランプ

 2011年、眞鍋監督はいよいよ、自身が正しいと信じて疑わない「セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間(以下、『経過時間』)を短縮させる」方向性を、さらに加速すると公言しました(※1)。

「セッターがトスをあげてサイドの選手が打つまでの時間を、以前は1.1秒くらいでやっていましたが、今年は0.8秒くらいで打ってほしいということでやっています」


 ストップウォッチに縛られたこのチーム方針が、世界選手権での銅メダル獲得の立役者に他ならない木村選手をスランプに陥れることになったという事実(※2)は、当時の多くのメディア記事やテレビのドキュメンタリー番組でも採り上げられたため、バレー・ファンの皆さんなら知らない方が珍しいくらいでしょう。


 前回記事「#眞鍋JAPAN総括 ③ 〜戦術面を一期目から振り返る〜」で検証したように、木村選手は『経過時間』を短くすると有意に被ブロック率が高くなる可能性がありました。つまりは『経過時間』の短縮をさらに意図してプレーさせれば、彼女自身の持ち味を存分に発揮することが難しくなる可能性が高い、ということです。

 ですから、上述のチーム方針が彼女をスランプに陥らせるであろうことは、前年の世界選手権でのデータを慎重に検証していれば、容易に予見できたはずです。


 大黒柱がスランプに陥ったまま突入したワールド・カップ2011。大会中盤のヤマ場、セルビア戦であっさりストレート負けを喫し3敗となった日本は、大会終盤ブラジルやアメリカといった強豪国との対戦が控えていたことから、この年の目標であった「ワールド・カップでのロンドン五輪出場権獲得(※3)」が、大会中盤にして早くも絶望的な状況に立たされます。

 ところが、この「1敗も許されない」追い込まれた状況から、日本の怒濤の巻き返しが始まりました。


◎ “安全装置” として常に機能した〝不動の正セッター〟

 「4勝3敗で迎えたブラジル戦。木村はチーム最多の20点を挙げる活躍で日本をストレート勝ちに導いた。最後の米国戦もマッチポイントを木村が決めて3―0の快勝。終わってみれば11試合でチーム最多の151本のスパイクを成功させ、スパイク決定率も41.94%とチーム最高の成績を残した。」
≪「女子バレー、日本の攻守の柱 東レ・木村沙織(上)」(『日本経済新聞』)より引用 ≫

 大会後半を5連勝で終え、目標だった五輪切符は得られなかったものの、最終的には3位の中国と勝率で並ぶ8勝3敗の4位まで漕ぎ着けた日本。崖っぷちに追い込まれた状況で、本来の力を取り戻した木村選手の活躍の背景には、セッターの竹下(元)選手が下した1つの「決断」がありました。

 木村選手の力を最大限に引き出すために、チーム方針であった『経過時間』の短縮を意図したプレー(=「速いトス」)を、封印したのです(※2)。


 木村選手の持ち味を最大限に引き出すことで、前年の世界選手権でのメダル獲得に続き、ロンドン五輪の決勝戦を争うことになる2チーム(ブラジル・アメリカ)相手に、ワールド・カップではストレート勝ちする快挙を成し遂げた眞鍋JAPAN。この大会後半のコート上には、「#眞鍋JAPAN総括 ⑤ 〜一ファン目線から振り返る〜」で描かれていたように、相手コートにそびえる高い壁をものともせず、真っ向勝負で立ち向かう日本のアタッカー陣の姿が、間違いなくありました。


 そうした日本のアタッカー陣のプレーは、関係者の眼にも着実に何かを訴えかけていったのでしょう。ちょうどその頃、『月刊バレーボール』(日本文化出版)で「眞鍋JAPANが目指す『経過時間』の短縮を意図した〝はやい攻撃〟と、ブラジル男子ナショナル・チームの〝同時多発位置差攻撃〟との根本的な違い」をテーマにした連載を執筆していた(※4)私のところに、JVAの科学研究委員会から緊急招集の連絡が入ったのは、ワールド・カップ終了からほどない、2012年1月中旬のことでした。

 当時の全日本女子チームのコーチ陣3人を相手に私は、「リード・ブロックに対して効果を発揮する “はやさ” の本質は決して『経過時間』の短さを意味するのではなく、セット・アップ前から助走動作を開始して、セット・アップ直後に踏み切る(= “1st tempo” )アタッカーの助走動作ならびに、アタッカーの打点高を損なわないように供給されたセットによって、達成されるものである」(※5)という、『テンポ』に関する正しい理解(=『テンポ』の概念)について、動画を交えてプレゼンすることとなりました。

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「『テンポ』を理解すれば、誰でも簡単に実践できる!! 世界標準のバレーボール」(ジャパンライムDVD)に使用したスライドから引用


 上のスライドは、そのプレゼンの際に実際に使用したものを、部分的に手直ししたものです。

 上述のとおりワールド・カップ2011での日本は、「速いトス」を封印したうえでブラジル相手にストレート勝ちをしていますが、その試合直後にブラジルのMBのファビアナ選手が語ったこのコメントこそが、 “はやさ” の本質を理解するカギとなるものでした。

(「速いトス」を封印する前の、ワールド・グランプリでの試合と比べて)「日本のレフトから打たれたスパイクは、今日の方がはるかに『はやく』感じた ・・・」



 プレゼン後のディスカッションの中で、当時のコーチの1人は「『速いトス』をやめる、という方針転換がなされた事実はない」と断言しました。しかし、木村選手の力を引き出すために竹下(元)選手が「速いトス」をやめる決断をしたという事実は、その後の複数の証言記事で明らかにされています(※2, ※6)。

 当時のコーチが言うとおり、「 “チーム方針として”『速いトス』をやめたわけではない」のなら、試合本番で「速いトス」を封印するかどうかは「竹下(元)選手の裁量にゆだねられていた」という意味に他なりません。


 それを物語るように、ワールド・カップ2011以降も眞鍋JAPANは、不安定な戦いを強いられます。ロンドン五輪でのメダル獲得を狙うチームとして、「1位通過」を至上命題に掲げて臨んだOQTでしたが、出場権獲得できるかは最終日のセルビア戦までもつれ込み、あと1セット失っていたら出場権を逃していたという、まさに薄氷を踏む思いのギリギリ4位通過でした。

 ロンドン五輪本番でも試合ごとに内容の明暗がはっきり分かれることが多く、準々決勝の中国戦や3位決定戦となった韓国戦(=「明」)と、準決勝のブラジル戦(=「暗」)との落差は、まさにその象徴でした。


 リオ五輪での眞鍋JAPANの敗因について、竹下(元)選手はロンドン五輪当時を振り返って以下のように語っています(※7)。

 「私が現役でやっていた時は、やはりここぞという時には(木村)沙織に上げていたし、『決めてくれる』という信頼感があった。沙織も『絶対答える』という思いでいてくれた。そういうものを作り上げるには、今のチームにはちょっと時間が足りなかったのかなと思うし ・・・(以下略)」


 「ロンドンで自分たちが勝てたのは〝信頼感〟があったからこそ」と語る彼女の言葉に、恐らくウソはないのでしょう。データでの検証結果は知らずとも、「速いトス」では木村選手の持ち味を引き出せないことに気づいた竹下(元)選手でしたが、そうは言っても、チーム方針である監督の意向に逆らう決断をゲーム中に自身の裁量で下すというのは、非常に勇気がいるはずです。

 彼女が言わんとしているのは、要するに、

「勝負所では『監督の指示を無視してでも』木村選手の力を引き出さなければ勝てない」


と思えるくらいに、木村選手を信頼していた、ということです。

 それ以上でもそれ以下でもなかったのです。


 『経過時間』の短縮を追求することの正当性を信じて疑わなかった眞鍋監督にとっては、一期目当時〝不動の正セッター〟だった竹下(元)選手の存在が、ピンチの場面で “安全装置” として常に機能し続けたおかげで、2011年以降の一期目2年間は、戦術面での改善がほとんどみられずに不安定な戦いが続いた中でも「ワールド・カップ2011で4位」、そして「ロンドン五輪で銅メダル獲得」という最終結果を残すことができた一番の要因であった、と総括することができるでしょう。


◎ 「『経過時間』の短縮」によって奪われたMB陣の得点力

 2011年以降に、眞鍋監督が追求した「『経過時間』を短縮させる」チーム方針によって、木村選手の次に犠牲者となったのは、MB(ミドル・ブロッカー)陣でした。

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 『経過時間』の短縮を図ろうとすればするほど、セットはどんどん低くなり、打点高を損なわれたMBの選手は、ブロッカー相手にまともに勝負をさせてもらえなくなりました。

 「MBのクイックが使えない」のは、サーブ・レシーブの返球率が悪いからでも、セッターとMB陣の信頼関係が築けていないからでもありません。

 本当の原因は、「『経過時間』が短ければ短いほど、クイックは決まりやすい(はずだ)」という、日本のバレー界に蔓延する固定観念にこそあるのです。

 『経過時間』短縮のため、白帯付近への低いセットを前提にするから、サーブ・レシーブがネットから離れただけで、クイックを繰り出す難易度が高くなるように感じるだけのことです。

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 「速いトス」では、木村選手の持ち味を引き出せないということには気づいた竹下(元)選手でしたが、それは木村選手に限った話ではなく「『経過時間』が短いほどスパイクが決まりやすい」というコンセプト自体、実は誤解なのだ(※8)という真実に、気づいたわけではなかったのです。

 ですから2011年以降、眞鍋JAPANのMB陣の得点力が低下していく点に関しては、彼女も “安全装置” としては機能しませんでした。


 リオ五輪で、セッターの宮下選手がMBのクイックを使えなかった理由を聞かれた竹下(元)選手は、以下のように語っています(※7)。

「ミドルを使うことに関しては、使おうと思った時にサーブレシーブが返らなかったり、セッターもモヤモヤしていたでしょうし、みんなモヤモヤしていたと思う」
( ・・・ 中略 ・・・ )
「それでも使えなかった、使う勇気がなかったということは、やっぱりそこの信頼関係がまだ成り立っていなかったのかなと感じました。遥とミドルがどれだけ練習でコンビをつめて、お互いの信頼関係を築いてこられたのかなというのは、ちょっと疑問です」


 木村選手の件と同様、「自分たちの頃は〝信頼関係〟があった」という割には、ロンドン五輪における日本のアタッカー陣の打数を検証すると、WS(ウイング・スパイカー)2人に打数が偏っていることがデータで示されています(※9)。

 つまり、「MBと〝信頼関係〟を築けていた」と語る竹下(元)選手も、MBのクイックが使えなかった点では、宮下選手と何も変わりがなかったのです。


 そして何より、「(MBのクイックを)使う勇気」という表現自体、彼女自身が現役時代に「Aパスが返った場合でも、クイックの決定率は決して高くない」と思い込んでいたことの、何よりの証拠でしょう。


 『経過時間』が短いクイックこそが理想、と考えるから、白帯付近にセットが上がって、アタッカーの打点高を大きく損なうようなクイック(通称「低イック」)を打たせる結果になってしまうのです。そのようなクイックでは相手がコミット・ブロックで跳べば簡単に止められてしまうため、結局は「使えない」「使うには勇気が要る」という意識が生まれるというのが、事の真相なのです。


 もちろんこの点についても、上述の2012年のJVA科学研究委員会におけるプレゼンの中で触れたわけですが、同時期に改訂作業を進めていた『バレーペディア』の誌面上でも、後日詳しく解説されることとなりました。

 2012年4月の『バレーぺディア改訂版 Ver1.2』の発刊、そして、2012年7月に三島で開催された「2012バレーボールミーティング」を経て『テンポ』に関する正しい理解が、一般のファンにも浸透していく機運が高まっていったのです。


 そうした『テンポ』に関する正しい理解をもとに、実際にコートでのプレーで理論を実践していく選手の姿が見られ始めたのも、ロンドン五輪前後のこの時期からでした。


 眞鍋JAPANが露呈させた「MBの得点力不足」は、女子日本代表チームに限った話ではなく、日本のバレー界全体に共通する問題なのだという危機意識が、一部のバレー関係者の間にも少しずつ広まっていったことの表れだったと思います。


◎ 「MB1」「ハイブリッド6」採用の真意は何だったのか?

 竹下(元)選手の貢献により、ロンドン五輪で見事に銅メダルを獲得し、続投が決まった眞鍋JAPAN。スタッフ陣もさすがにMBの得点力低下には気づいたようで、二期目の2013年にそれを打開すべく、眞鍋監督はWSの迫田選手をMBに配する、「MB1」という戦術を採用するに至りました。

 アタック・ライン後方まで下がって助走距離を確保したうえで、セット・アップより相当前から助走動作を開始し、セット・アップ直後ぐらいのタイミングで踏み切って、セッターに近接するスロットから放たれる彼女のスパイクは、日本のバレー界の従来の固定観念では「『クイック』と呼ぶには “遅い” スパイク」だったと思います。

 メディアでは〝スコーピオン〟という名で呼ばれ、まるで彼女にしか打てない「必殺技」のように報道されていましたが、これこそが実は、『テンポ』の概念で言えば 1st tempo のクイック(=「コミットしても止まらない11」)に他ならないものでした。

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 実際、迫田選手のこの 1st tempo のスパイクが得点力を発揮したことは、データでも検証されています(※10)。「『経過時間』が短いほどスパイクは決まりやすいはずだ」という固定観念を捨てて、『テンポ』に関する正しい理解に基づいたプレーをすれば、世界を相手に日本のアタッカー陣は十二分に通用する力を持っているんだということを、本職MBではない身長175cmの迫田選手が見事に実証してくれたのです。


 「MB1」の成果をもとに、眞鍋監督は2014年にはその進化版である「ハイブリッド6」という戦術を採用するに至ります。

 一方メディアからはこの時期、「ストップウォッチを片手に『経過時間』を測りながら、スパイク練習をする」様子や、「『経過時間』の短縮を目指す」という監督自身の発言が、次第に見られなくなっていきました。


 この頃の眞鍋JAPANの一連の戦術を見て、一部のファンの間では、

「眞鍋監督も、本当は『テンポ』の概念を理解しているんじゃないか?」

あるいは、

「監督は理解していないけれど、『テンポ』の概念を見知ったコーチ陣が、監督のプライドを傷つけないように、進言した結果が『MB1』『ハイブリッド6』なんじゃないか?」

といった憶測までもが飛び交いました。


 ですが、こうした見方に関して、私は懐疑的でした。(次回に続く)

(※1)バレー女子代表がW杯で体現を狙う「超高速化」。〜半永久的な課題を克服するために〜(『Number Web』より)

(※2)「女子バレー、日本の攻守の柱 東レ・木村沙織(上)」(『日本経済新聞』より)

(※3)ワールド・カップ2011では、上位3チームにロンドン五輪出場権が与えられた

(※4)前回記事で紹介した、リベロの佐野(元)選手のアンダーハンド・パスによるによるセット・アップの解析結果は、『月刊バレーボール』(日本文化出版)の連載「深層真相排球塾」における「1学期9限目(2011年10月号)」の中で紹介したものである

(※5)固定項目:ファースト・テンポは “はやい攻撃” なのか!?(詳細解説)(『e-Volleypedia』より)

(※6)竹下佳江&木村沙織「チームを鼓舞する“伝える力”」(米虫紀子『Sports Graphic Number 795号』より)

(※7)竹下佳江が語る五輪バレーの敗因。またプレーしたくは、「なりません」
(『Number Web』より)

(※8)渡辺寿規, 佐藤文彦, 手川勝太朗(2016):「本当に〝速いトス〟は必要なのか? 〜『セット・アップからボール・ヒットまでの経過時間』と『アタックの成績』の関係〜」, バレーボール研究, 18-1, 58

(※9)ロンドン五輪 女子バレーボール「私的」スカウティングリポート Part6(『バレーボールのデータを分析するブログ。』より)

(※10)グラチャン2013“私的”スカウティングリポート Part.2(『バレーボールのデータを分析するブログ。』より)

photo by FIVB

文責:渡辺 寿規
勤務医。バレーボール戦術系ライター。
ハイキュー!! にも登場する【同時多発位置差(シンクロ)攻撃】の名付け親。
『footballista』のバレーボール版を作るのが現在の夢。
https://note.com/suis_vb | note
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