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メダカのブリーダー

私の夫はかつて、「メダカのブリーダー」と呼ばれていた。息子が学校から持ち帰った2匹のメダカをどんどん増やしていったからだ。

持ち帰ってきたときは、ペットボトルを利用した簡易な水槽だった。それを見た夫はまず水槽を用意した。

翌週、水草が新たに水槽の中に入れられた。

そのまた翌週は、メダカのおうちになるようにと、小さな土管のようなものが入れられた。

毎週末、水槽の水換えと水槽についた苔とりが夫の仕事になった。
そして、ペットショップへ行ったり、ネットでメダカ用品を眺めたりしてはぽちっとするのが彼の楽しみになった。

水槽はメダカの数が増えるにしたがってどんどん大きくなっていった。もはや水槽ではなくて、「メダカ池」と呼ぶにふさわしいサイズになっていた。

「あれ、この子尾びれがちょっと欠けているなぁ。」
「なんか、元気ないな、大丈夫かな」
「水の温度は大丈夫かな」「水草増やしたほうがいいかな」

私が髪を切っても、カラーリングしても何も言わないが、メダカのこととなると、まぁ、よく気が付く。なんだか、メダカが羨ましかった。

投資金額もすごかったと思う。水草やメダカハウスのほかに、水槽につく苔を食べてくれる貝(?)や水槽洗いに便利なグッズなども買ってきた。毎週水槽を洗っていたから水道代もばかにならなかったと思う。

そんな夫の愛情を受けて、メダカはどんどん増えていった。近所のお友達にたくさん配っても全く問題ないくらいだった。

車で15分ほどの距離の今の家に引っ越すときはVIP待遇だった。引っ越し本番よりも早くにバケツに移され、後部座席で私が見守る中、なるべく高低差のないいい道を選んでソロリソロリと運ばれた。

なんて、幸せなメダカたち。こんなに大事にされてみたいものだ。
引っ越しの荷造りと掃除でガッサガッサに手荒れした両手を眺めながら思った。

今、我が家には、一匹のメダカもいない。ある時、夫のメダカへの熱が急に冷めたからだ。もらわれていったメダカたちは今どうしているのだろう。

もう何も注文しなくなって久しいのに、水草などを扱っているお店からのDMがいまだに届く。メダカのブリーダーの週末は、水槽洗いからゴルフの打ちっぱなしへと変わった。


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