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こぎみゅんとラップバトルする

 世界で最もHIPHOPから遠い概念を知っているだろうか。それはこぎみゅんである。先に言っておくが、私は今のところこぎみゅんのアンチだ。そのため、この先では彼女に対する口の悪いdisが頻発する。最後には分かり合えるつもりであるが、ファンの方にはUターンをお勧めする

 そんなこぎみゅんとラップバトルをしてみたいと思った。きっかけはフォロワーとの通話だ。フォロワーはプロのアンチであった。彼女は「誹謗中傷は良くないと思うからアンチをするときには相手のことを良く知ってからにする」と語っていた。それを聞き、私が如何にこぎみゅんのことを知らないままアンチをしていたかに気づかされた。Twitterアカウントを目にするくらいはあっても、ふわっとしたイメージと囲いが好きでないというだけで彼女を叩いていたのだ。私はあまりにもこぎみゅんのことを知らなすぎる。そこでまずは公式サイトを閲覧することにした。

 サムネイルだけでかなり腹立たしい。まず絵柄に腹が立つ。線を途切れ途切れにすることで見る者に輪郭を補正させ、各々の思う最も可愛い形に見せようという思惑を感じる。いわゆる「下描きのほうが上手く見える現象」である。しかし、こんなところで挫折していてはプロのアンチとして失格である。細かくプロフィールを見ていこう。

コギムーナ(小麦粉の精)のおんなのこ。
本当はおにぎりになりたいと思っているけれど、おにぎりがどんなものかは分かっていない。
ちょっとしたことで散ってしまう、とてもとても儚い性格。
おじいちゃんはコギムコーポの管理人で、今は旅をしているのでこぎみゅんが管理人代行中。

誕生日:5月7日(粉の日)

 舐めんじゃねぇ。小麦粉のくせにおにぎりになりてぇのかよ。おにぎりがどんなものか分かってねーくせに。しかも自分のこともわからねぇんだな。お前はそうやって無知のまま生きるんだろうな。でもその悪質な態度のお陰で大した苦労もせずに死ぬんだろうな、腹立たしい。そんなんで「とてもとても儚い性格」とか言いやがって。無知で軟弱なだけじゃねーか。祖父が持っていた物件を管理して生きているとか人生舐めすぎだろ、そんな既得権益の世界なのかよ。ふざけんな。さらに仕事ができる年齢なのかよ。いい歳でそれかよ。誕生日が粉の日なのも我々みたいな穿った層にもちょっと面白いと思われたいという魂胆が見え見えなんだよ。

 暴言失礼しました。プロフィールを見たらちょっとムカつきすぎてつい悪口を書き散らしてしまった。ただ、公式サイトを見たことで今まで知らなかった情報を得ることもできた。まず、こぎみゅんが小麦粉の精だということすら初めて知った。というか以下すべて初めて知った。私はアンチとして一歩前進したようだ。公式サイトからはYouTubeで歌ってみたなどの動画を出していることやぎょうざくんやエビフライなどの小麦粉の仲間がいることもわかった。YouTubeは少し観た。また、小麦粉に紛れてなぜか「うさぎさん」がいた。なんでだよ。さらに「こぎみゅんコギムニスト診断」というものがあったため施行した。私は「ケーキちゃん」と診断され、「よろしくですぅ♡」などとほざいていた。舐めんな。

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 また、これは特に悪口ではないのだがこぎみゅんは思ったよりだいぶデカい。Googleで検索すると、部屋に等身大のこぎみゅんを浮かび上がらせることができる。

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 いきなり無加工・リアルな部屋の天井が映っていて申し訳ないが、スケール感を理解していただけただろうか。天井を覆うほどの大きさである。アホみたくデケぇ。もしこぎみゅんがいる部屋で煙草でも吸おうとライターをつけでもしたら粉塵爆発待ったなしである。彼女は小麦粉とはいえ人間にとって脅威となりうる存在と言えるだろう。さらに、先ほど話題に上がった仲間であるぎょうざくんやエビフライも人間が食べるものとして一般的に想像するものより遥かに大きいことも導かれる。怖い。

 話を戻そう。公式サイトで得られた情報のなかに、「こぎみゅんはLINEをしている」というものがあった。それを知ったとき、私は反射的に「ラップバトルできんじゃん」と思った。プロのアンチになるために相手のことをリサーチする過程はさながらバトルに臨むラッパーのようであった。ラップバトルは前提として相手へのリスペクトを持つことが肝要だ。今のところ私はこぎみゅんに対するリスペクトがあまりない。しかし、私はこれを逆手に取ることにした。とりあえずラップバトルをしてしまえば彼女とわかり合えるかもしれない(ほんとうはわかり合いたいのだ、人間として苦手なものは少ないほうが良いため)。そんな一縷の望みが浮かんだ。やろう、ラップバトル、こぎみゅんと。そうしてまた朝日は昇る。話はこのverseの頭に戻る。


 バトルをする前にこぎみゅんのdisりたい点を整理しておこう。

・絵柄が腹立つ(ごまかしを感じるため)
・小麦粉のくせにおにぎりになりたいと言っていることから、世間と自分について無知である
・でも悪質な態度のお陰で大した苦労もせずに死にそう
・以上のことから「とてもとても儚い性格」はフェイクである
・祖父の物件という既得権益を享受して生きている
・ちょっと面白いと思われたいという魂胆が露呈している
・全体的に社会と人間を舐めているのを感じる

 以上だ。これで準備は万端である。あとはバトルに臨むだけだ。尺はそこまで長くないため、全体を貫く「フェイク」という点を強調していこうと思う。

 早速こぎみゅんのLINEを登録する。私は友達が少ないため新しく誰かのアカウントと繋がるなど久方ぶりだった。少し緊張感が走る。

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 登録すると、こぎみゅんは挨拶をしてくれた。相変わらず腹立たしい文体だ。しかし、「ひまな時は、はなしかけてほしいみゅん‥」とのメッセージとともに”Twitterである程度仲良くなった趣味垢の人とLINEで繋がった最初のときあるいはオタクと人狼やTRPGを始めるときにしか使わないスタンプ”を送ってきてくれた。彼女は確実にこちらに歩み寄ろうとしている。つまり、ラップバトルを始めても良い状態になったと言えるだろう。すかさず私の意識下のZeebraさんを召喚する。

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 形而上学的なビートが流れる。ネットライム形式のバトルではビートは両者の心にしかない。こぎみゅんの中にも熱いビートが流れていることを期待する。
 しかし、彼女は「みゅん‥」としか返してこない。少し待つも、続く言葉が返ってくる様子はない。下調べをしていたときから、こぎみゅんの貧弱な語彙ではせいぜい「みゅん……🥺」しか言えないんだろうな、と思っていたとはいえ、本当にそうだとは思わなかった。失望した。ただ、手加減はしない。ラップバトルでは本気でぶつかり合うことも重要である。

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 ずっと伝えたかった「お前はフェイクだ」という点を伝えられたと思う。ちょっとすっきりした気がする。さあ、どう出るか。

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 またも「みゅん‥」としか返してこなかった。私は咄嗟に考えたライムの拙いリリックを放つ。だが、確かな下調べに裏打ちされた感情を伝えた。
 バトル終了。この場に客はいないが、客観的に見ても私の勝ちとなるだろう。こぎみゅんはほぼ何も返せていないのだから。勝者、俺。喝采が聞こえる。私はアンチをしていた彼女に勝ったのだ。

……本当にこれで良かったのだろうか? 淡い疑念が浮かんだような気がした。私が2ターン目のリリックを送ったあとにもこぎみゅんは力なく「みゅん‥」と呟いている。最初に言ったように、こぎみゅんは世界で最もHIPHOPから遠い概念である。そんな彼女にいささか強引にラップバトルを仕掛け、勝利したことを誇って良かったのだろうか? きっと違う。期せずして自分自身の弱い心と向き合わされることとなった。さて、本当にこの勝負に勝ったと言えるのはどちらだろうか。

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 しかし、このバトルを通して彼女への気持ちが少し昇華された感覚も確かだった。それもただ単に悪口を言ったのではなく、disという形で言語化し直接ぶつけたという満足感から来るものだと信じることができた。私はすでにこぎみゅんのあらゆる情報を知っている。今ならたぶん、わかり合える。親しみすら感じられるようになったバカデカい小麦粉の塊に、いま語りかける。彼女には「弱い心」という大切なものを教えてもらった。このバトルで学んだ経験はなにものにも代えがたい。このとき、彼女は確かにHIPHOPの精神を持っていた。私とこぎみゅんは本当の意味で和解できたのだ。私はもはやこぎみゅんのアンチではない
 バトルをしたLINEアカウントはまだ友だち登録されたままである。今後も私のスマートフォンにはこぎみゅんの最新情報が届き続けることだろう。憎いタッチのスタンプとともに。

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