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告知までのこと(1)

「ガーン」と、そう口にするつもりでいた。

そのつもりではいたのだが、「コイツふざけてんなら適当にあしらうわ」とぞんざいに扱われてしまうんじゃ…という不安が一瞬頭をよぎり、口にするのを躊躇してしまった。
医者から今後の検査についての説明を聞いている間ずっと、
「ガーン」っていつ言おう…今か? …いや、まだタイミングじゃないな…と思いながら結局口にする事ができなかった。

「あくまでも『可能性がある』という段階で、確定ではないんですが、悪性の腫瘍である可能性があります」

さっそく検査の結果ですが、と切り出してから早々に、医者はそう言った。

「つまり、乳がんです」

その瞬間、わたしは不覚にも「ハァ」と頷いてしまった。
メモを取っていいですか、と、カバンから紙とペンを取り出し、ついでにスマホで録音しておこう、と思ったのだが、うまく手が動かず録音は諦めた。

2ヶ月ほど前の3月、右乳に小さなしこりがある事に気づいた。
慎ましいキュートバストを保有する私は、その日たまたま「育乳マッサージ」なる動画をネットで目にし、微かなる期待に胸躍らせつつ上半身の肉を揉み流していた。そして二の腕から脇を通って胸に手を動かした時だった。
乳房の端に、ちょっとした違和感。
けれどそれは、ただの肋骨の一部か筋のようでもある。
ちょうど会社の人間ドックを一ヶ月後に控えていたので、そこで聞いてみようと考えた。
乳がんや他の乳腺疾患である可能性をぼんやり疑ったものの、どこか他人ごとのような気持ちで、その時以来、人間ドックの日まですっかり忘れていた。
がん保険に入ろうとしていた矢先のことで、これが万が一乳がんだったら、免責期間*アウトだな〜などと考えながら、まぁいっか、と、とりあえず放置した。
(*一般的に、加入から90日以内にがん診断された場合、保障の対象にならない)

【4/12】
人間ドックの乳がん検診では、自己申告のうえエコー検査に臨んだ。
しこりの箇所を問われて「この辺…」と触るも見つからず、アレどこだっけ?消えた?…あ、ココだ、横になると分かるんですけど、と、若い女性技師の手を右胸に当てた。それほどにしこりは小さく、分かりづらいものだったのだ。

「ああ、ありますね」と技師は言い、生温いジェルを胸に乗せてエコーの機械を動かす。
こんなにこねくり回すか! というほどの入念さ。それはパンをこねているような、毛足の長い絨毯に絡んだ髪の毛を取ろうと掃除機を当てているような動きでもあり、人間としての尊厳を失いかけた。
頭を逸らすとモニターが見える。当のしこり部分は黒地のモニターにぼんやり白く映っているようだが、正直よくわからなかった。
「うちの診療所に専門外来があるので、改めて詳しく検査しましょう」という話になり、GWを跨いで約1ヶ月後の土曜に、乳腺外来の予約を取った。


【5/12】
乳腺外来の担当医は40代ぐらいの男性だった。ミドルサーティーとはいえ嫁入り前のわたくし。男性に胸を見られることに一瞬ひるんだが、あちらもプロ。ここまできたら、身を任せるしかないと肚をくくる。
触診、またもや「どこですか?」と聞かれる我が右胸のしこり。体を斜めに傾けながら、「あ、ここ、このへんです」と医師の手をつかんで胸に当てる。
前回と同じようなエコー検査では「直径6〜7mmくらいのしこりだね」とのことだった。

次に案内されたのは、かの有名なマンモグラフィー検査だ。
本来40歳未満の検査では行わないというマンモグラフィー。
検査室では、ほっそりしたベテラン風の女性技師が優しく微笑んで迎えてくれた。
……が、その優しい雰囲気とは裏腹に、マンモグラフィーは拷問だった。
透明なガラスの板で乳を片方ずつ縦と横にはさんで圧迫しての撮影、これまで感じた事の無い種類の痛みに、私は思わず声をあげていた。
目を下に落とすと、慎ましいキュートな我が胸は無惨に薄くぺたんこに潰されている。ロールパンほどの胸は、いまやガラスで圧し潰されてパニーニ、否、ピタパンに変化していたのだ。絶望。
痛みを何とかごまかすため、唸り叫びながら技師に話しかける。
「これは、私が!貧乳だから!痛いんですか!? やっぱり、巨乳だと!こんな目に!あわずに!済むんですか!?」
その時の私は、完全に巨乳を仮想敵とみなし、憎しみさえ抱いていた。
「あぁ〜痛いわよね…お若いから…。経産婦の方でお子さんにお乳をあげて柔らかくなった方だと痛くないって言う方もいるけど、若い方だと乳腺が張ってるから痛いのよね…」と気を遣うように技師は微笑んだ。

ちなみに苦痛を耐え撮影した努力の結晶であるマンモグラフィーは、何の証明にもならなかった。若いため乳腺が映り込み過ぎて該当箇所が判別できない状態なのだと説明され、ぼんやりとした白黒のフィルムを見ながら、こんなに悲しいことがあっていいのかと下唇を噛みしめた。

悲しみもそこそこに、「このまま細胞検査もしましょう」と男性医師は、診察ベッドに私を案内する。注射針で細胞をとるのだという。麻酔はナシ。
「大丈夫、普通の注射針ですから。麻酔するにしても一回刺すことになりますし」
という説明にそっか〜と納得したものの、細胞検査の注射というものは一回刺してハイ終わり、ではなかった。
そのまま抜かれるかと思いきや、車がバックして方向転換するように、色んな方面に刺し直されていく。しかも思いのほか痛い。
注射は得意な方だけど、エコーにマンモグラフィーと身も心もへろへろな私はまたも呻いた。

結果は1週間後、5/18にまた来てください、とのことだった。

つづく

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