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米国在住の日本人が「少し人生の自由時間を増やす」ためのメモ 1

序章: 解決すべき問題の定義と各種前提条件


はじめに

2024年現在、米国人の平均引退年齢はおよそ64歳だそうです。州によってこれは異なりますが、概ね61歳から67歳の間に収まります。米国には法律で決められた定年制度はない(そもそも年齢差別なので)ですが、概ね日本人と同じような時期に引退する人が多いようです。

https://www.madisontrust.com/information-center/visualizations/average-retirement-age/

一方、日本では昭和の時代は55歳が定年でした。今も一応60歳が定年として存在し、55歳で役職定年と言う不思議な制度もまだ残っています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/jigyounushi/page09_00001.html

もちろんこれは現在の社会にそぐわないと言う意見もありますが、人間は生物ですので社会の変化に合わせて都合よく急に肉体は進化しません。よって50歳にもなれば老眼も進み、体力も落ち、うっすらと体の不調や能力低下も出てくるのが自然だと思います。中には70歳、80歳になってもコンスタントに成果を出す知的・体力的な超人も居ますが、そういう外れ値を我々のような「その他の人」が参考にすると多くの場合悲劇に終わります。保守的に考えてベストケースでも70歳前後で我々の身体的自由は大きく失われる、更に運が悪いとその前に死が訪れるという事を考慮に入れると、65歳の引退まで生き延びれば5年程度、それまでと同じような体調である程度アクティブに活動できる自由時間を得られるチャンスがあります。また「人生100年時代」という非常にミスリーディングな言葉がありますが、あの言葉は医療技術の進歩により、心身の自由をいくらか失いつつも静かに過ごす、もしくはベッドの上で過ごす晩年が今後は延びてゆく可能性があるという意味で、人生でアクティブに使える時間が急に増えるという意味ではないはずです。

これらの点を考えると「もし65歳で引退するなら、リタイア後に完全な自由時間としてアクティブに動ける期間がせいぜい5年くらいというのはちょっと短いのでは?」と考える人も当然いるでしょう。そういった人には早期(セミ)リタイアという言葉が思い浮かぶと思います。私もその一人で、いわゆるFIRE (Financial independence and retire early)と言うには遅すぎるが、一般的な引退よりは少しだけ早い多めの自由時間を模索してみようとしばらく前から考えるようになりました。これはすなわち、一般的なライフプランに比べて5-10年の自由時間をプラスする(可能性を高める)コストの見積もりだと言い換えることもできます。これは当然私には未知の世界で不安も多く、何も行動しなければ恐らくそのままずるずると時間が過ぎていく気がしましたので、この見積もりの具体化を最近始めてみました。

あらかじめお断りしておきますが、ここにはどうやったら早期にFIを達成するための原資を手に入れる事ができるかについては一切書かれていません。私には誰かが大きな金額を稼げるようなアドバイスは一切できませんし、そのような能力もありません。それに関して私から言える事は、市場価値の高いスキルをピンポイントで習得し、転職して高収入になり早い時期から適切な投資するか、20代から30歳前後の若いうちに起業や投資などで、人生のその時期にしか取ることができない大きなリスクを取って何かで一発当てるかの二つくらいしかないという非常につまらない事実だけです。実際に計算してみればわかりますが、日本でも米国でも平均的な給与でインデックスファンド積み立てなどを行っても残念ながらほとんどの人は早期のFIはできません。現実的な解は、大きく給与を上げるか、大きなリスクを取るか、全ての欲望を捨てて仙人のように生きるかの三択です。「こうすれば確実に誰でもFIRE出来ます」という事を言う人は概ね皆詐欺師である、というアドバイスならできます。また仕事を辞めて限界まで節約して生きると言うのも現実的ではないので、あくまで無理のない範囲で今の生活を続けられることを前提としています。また30代・40代でのリタイアとなると経済的な理由に加えメンタルの面での大きな挑戦である気もしますから、ここでは扱わないこととします。以下では、運よく経済的には平均よりも上手く行って、その幸運を使い一般的なライフプランよりも少しだけ多めの自由時間を求める米国在住の日本人に向けて、経済的・実務的な問題に絞って私が自分のためにここしばらく作っていたメモをリライトしてそれを分割して公開します。日本の書店に行けば「極貧生活を耐えて収入の9割を投資し30代で引退」と言うような極論を書いた本は盛んに目にしますのでそういう情報のニーズはあるのでしょうが、一方、海外でキャリアを築き、既に人的資本はピークを迎えたか緩やかに下がり始めた人が、それまでに構築した経済基盤を用いて一般的なリタイア時期より5年~10年早く仕事量や仕事の内容を調節する、もしくはリタイアすると言ったことに関するノウハウが書かれた極めて限られた人向けの売れるはずもない本などあるわけもなく、なら自分で情報を集めるしかないと思い、専門家の力も借りながら今も試行錯誤している過程の記録ともいえるかもしれません。

この文書の中心テーマ(平均より少し早いフルタイムからの移行)に関わる情報のニーズは極めて小さいかもしれませんが、そのテーマの周辺トピックは多くの在米日本人に当てはまる普遍的かつ実用的なものであると気づいたので、一人でも私と同じような境遇・考えの人の参考になればと思いある種のbrain dumpの成果として公開しておきます。

「早期セミリタイアなんてくだらない。仕事こそ我が人生の全て」と思われた方には以下の文書は無価値ですのでそこはご了承ください。増えた自由時間で何をするのか?という点については極めて私的なことなので一人一人自由に考えればよいと思いますが、たとえば専門性を生かした非営利にかかわるもよし(一般的にプロボノと呼ばれるような活動もここに含まれます)、ただ遊ぶもよし、「経済的には無価値な事 (=直接的にお金を生まない事)」を学ぶのもよし、初期投資とランニングコストが低い自営業を始めるのもよし、今までと同じ仕事を時間を減らして行うもよしで、この辺りは人によって大きく異なるでしょう。私の場合は、私とパートナーの共通の趣味の一つが旅行なのでこれを体の自由が失われる前に実行したり、自分の仕事や趣味の延長線上にはあるが、お金には結び付きにくいことをするための時間を買うとも言い換えられるかもしれません(そういえばこうやって無償で情報をまとめて公開する、というのもその一つかもしれませんね)。

私のようにDIYで中年期以降の life / financial planningをやってみたいと思う方に少しでも参考になる情報が届けば幸いです。同じような事情や考えを持つ人たちへの情報共有が目的ですので、本稿も今後予定している続きも含めて全て無料で公開します。その代わりといっては何ですが、間違っている点や追加の情報などあればご指摘いただけるとありがたいです。今回はイントロだけ書きましたが、今後は気の向いた時に書くというのんびりしたペースになると思うので、そこはご容赦ください。

私は以下の情報がかなりニッチなものだと思っているので、不幸なミスマッチを避けるためにあらかじめ想定読者を挙げておきます。

想定される読者

  • 現在フルタイムで勤務する在米の40代後半から50歳くらいの、60歳までにはまだ時間のある人 (いわゆるW-2をもらって生きている勤め人)

  • 大金持ち(ざっくり言えばestate taxの心配をしなければいけないような人)ではないが、これまで経済面では平均よりは少し上手くいって、50代での早期セミリタイアが頭に浮かぶ程度には安定した経済的基盤を米国で構築できた人 

  • 自らのスキルでお金を稼ぐ方法や手堅く投資する方法は知っているが、使うフェーズへの移行に戸惑っている人

  • 仕事は嫌いではないが、人生の全てをそこに投じるほどでもない人、あるいはフルタイムの仕事以外に情熱を持って取り組める何かがある人

  • お金周りの事を人に丸投げするのは抵抗があり、自分でできる範囲のことは自分でしたい人

  • 将来日本に引っ越す可能性もぼんやりと考えている人

扱わないこと

  • どうやったら早期セミリタイアできる程の資産が早く作れるか?などの投資テクニック

  • 数十万ドルといった米国で早期リタイアを実現するには現実的ではない額で見切り発車し、極端な節約でそれを実現する世捨て人のようなFIRE (日本人に人気があるような米国の都市部で生きるのには、大変なお金がかかります)

  • 不動産経営(これも退職後に手を出す人は多いですが、それなりに大変なビジネスなのと、私の不得意分野なので、これについては専門家の方に譲ります)

  • 引退に伴うメンタル面の問題(仕事を減らして何をするか?は極めて個人的な問題です)

注意

以下やこれに続く文章に個人の経済活動や税、投資に関連する内容もありますが、私は完全に経済や税回りの法律の素人であり何の資格もないため、それらに関してはあくまで参考程度でお願いします。できる限り書籍や信頼できる公的サイト、あるいは専門家との対話などからの情報をもとにしていますが、内容の正確性について私は一切の責任は持ちません。実際に決断を下す時には必ず税や法律の専門家、あるいはfee-onlyのFPと話すことを強くお勧めします。


残りの人生で使える自由な時間を増やすには?

米国での平均的な引退年齢が60代前半である理由

米国には定年制度はありません。従っていつまで働くか、どれくらいの量働くかは完全に個人の自由に委ねられています。しかしそれでも日本の定年に近い60-65歳あたりに引退が集中するのは、大きく三つの理由があります。

  1. 健康保険制度

  2. 年金制度

  3. 税制

これらに共通するのは、どれも経済的な問題であるという点です。結局のところアメリカで暮らす人々の引退時期を左右する、心身の健康問題以外の大きな要因の一つが個人の経済状況ということです。遺産税の心配をしなければいけないような、$10Mを大きく超えるというレベルで資金があればこれらはほぼ無視できるのですが、いくらアメリカでもそういう人はそこまで多くないです。

参考:  ”Are you rich?” by WaPo 

https://www.washingtonpost.com/business/interactive/2024/are-you-rich-american-wealth-net-worth/

以下、それぞれの点について考えてみます。

1. 医療保険制度

ご存じの通り、米国には日本のような国民皆保険がありません。従って民間の非常に高い保険に加入することになります。ただし会社に所属すると、この高い保険料を職場が過半を負担してくれるという仕組みがあります。我々のようなW-2をもらって生きる人々の月々の保険料が(米国基準で)リーズナブルなのは、裏で大金を払っている雇用主の存在があるからです。

https://www.forbes.com/advisor/health-insurance/how-much-does-health-insurance-cost/

そしてMedicareと呼ばれる公的な保険もあるのですが、これが利用できるようになる年齢が65歳です。従って65歳より前に会社組織に所属しなくなるという事は、その年齢までの全ての保険料を自分で何とかする必要があります。また、日本人の感覚だと未だに違和感を感じるのですが、保険もはっきり「松・竹・梅」に分かれていて、良い保険(=高い保険)に加入すれば医療へのアクセスの自由度は上がりますが、安く済まそうと思えば当然一定の不便さを受け入れる必要があります。もし「松」の保険を退職後も維持したいなら、相応の保険料(家族の人数や保険の種類によっては月2000ドルを大きく超える事も珍しくはない)を支払い続ける必要があります。具体的にいくらくらいか興味のある方は、例えばカリフォルニア州在住ならここで自分の退職後想定される収入などを入力することにより大まかに計算できます。

この退職に伴う強制的な支出の増大が、早期退職を阻む第一のハードルです。保険の質を落とすか、大きく固定費を増やすかの選択を迫られます。

2. 年金制度

米国にもソーシャルセキュリティーと呼ばれる公的年金制度があるのはご存じのとおりです。勤労に紐づいた制度ですので、日本で言えば厚生年金にあたります。これを受給できる最も若い年齢は62歳です。ただしこれは大幅な減額を受け入れることになるので、いわゆる「満額受給」をしたい場合は67歳が開始年齢になります(厳密にはもう少し早い人もいますが、今40-50代の人なら全員67歳のはずです)。従って、定期収入としての公的年金は60代後半まではアクセスできないと考えた方がよいでしょう。

そしてソーシャルセキュリティーの将来受給できる額は、最も給与の高かった35年間の平均をもとに計算されます。

これはどういうことかというと、もし米国での就労期間が35年に満たない場合、その間の収入はゼロとして計算されるという意味です。例えば、30歳で渡米しそれからずっと米国で働き、55歳でフルタイムの職から早期引退した場合は、25年分のクレジットがあるため、残りの10年は収入ゼロとして計算されます。これにより、早期退職者は比較的大きな支給額の減額を受けます。もし自分がいま退職したらいくら将来もらえるのかを知りたい場合は、以下のサイトにログインし「今後想定される給与」にゼロを入力すれば凡その額がわかります。

この年金受給可能年齢までのギャップ期間と早期退職による支給額そのものの減額が早期リタイアの第二のハードルです

3. 税制

米国もかつては確定給付型の企業年金(Defined Benefit型ペンションと呼ばれます)が盛んでした。しかし今は公務員や軍人を除き、その受給資格を持つ人は少なく、基本的には自分で投資をして老後資金を準備する確定拠出年金(Defined Contribution型年金制度。401kなど)を中心に準備することになります。これらは税の繰り延べや、拠出時に税を払った後の資金を使うことにより無税で引き出したりできるのですが、あくまで引退用資金のための優遇税制であるため59歳半より前に引き出せば一割のペナルティが課されます。

https://www.investopedia.com/articles/personal-finance/082515/how-do-you-calculate-penalties-401k-early-withdrawal.asp 

実は私は先に触れた制度としては絶滅寸前のペンションを受給する資格を持っているのですが、これもやはりそれに頼って生活するには65歳で引退するケースを前提に設計されているため、50代などの早い時期に退職すれば、半減どころではない大幅な減額を食らいます。従って早期リタイアや、退職後に独立して自営業などを考えた場合は、ペンションだけでは大幅に不足する生活費をどこかからねん出する必要があります。残念ながらそういった状況での生活費の補填のためであっても、優遇税制が適用されている口座へのアクセスは、59歳半までは限られたものになります。

つまり、59歳半まで自らの資産へのアクセスが制限されるというのが第三のハードルです。

米国での早期退職時に対処すべき課題

以上の事実から導き出されることは、65歳、更に言えば59歳半より前にリタイア、セミリタイアするには、平均的な年齢でリタイアする退職者は対処しなくてもよいこれらの経済的問題を自力で解決する必要があるという事です。残念ながらそれらの問題を自前で解決できるアメリカ人は少なく、その結果としてリタイアの年齢が60歳以降の特定のレンジに集中しています。

しかし逆に言えば、少なくとも経済的な問題については、これらの問題点を順に解決できる状況であれば、平均より早めのセミリタイアやリタイアも不可能ではないと言い換えられます。経済的なハードルとしてはかなり高いですが、後述するように具体的な数字として綿密に計算していくと、ある一定の層にとってはそこまで非現実的なものでもないと理解できるはずです。

まとめると、上記の早期リタイアを妨げるポイントは、それぞれ以下のように言い換えることが可能です:

会社による医療保険のサポートの喪失
  → フルタイム職を離れることにより大きく増える固定費の問題

公的年金支給開始までのタイムラグ
  → 労働による定期収入が途絶える問題と、将来的な支給額の減少

税制による早期引き出しペナルティ
  → 一部の金融資産へのアクセスが限られる問題

つまり、これらの課題を一つ一つ自分のケースに当てはめて検討し、現実的な、無理のない手法で解決することができるのならば、平均より少し早く自由時間を得ることが可能であると言えるのではないでしょうか。

在米邦人特有の問題

ここまでは全ての米国に住む人、つまり米国人も在米の外国人にも共通する問題点なのですが、米国に住む日本人という事情から(セミ)リタイアにまつわる在米邦人特有の問題もいくつかあります。その中でも最も大きいのは「最終的にどの国で人生を終えるか?」という事ではないでしょうか。「未来のことはだれにもわからない」という前置き付きですが、以下の二つのシナリオがあった場合、どちらに賭けるのが合理的でしょう?

  1. 日本が急激な経済成長を再開し、米国を超えるインフレと賃金上昇の望ましい経済のサイクルが始まり、80年代末のような「高い日本」が復活する

  2. 2023年のようなマイルドなインフレが日本にも定着するが、賃金は思うようには伸びず、過去数十年の間に開いた物価の差が今後も日米の間には残る

私も日本人ですからシナリオ1が起きればそれはうれしい驚きですが、今までの30年間を見る限りその奇跡に賭けるのはやや分が悪い気がしています。したがって、現時点で私が想定するのは、不動産や医療費、そのほかの生活費など、総合的な住むためのコストは当面は米国の方が大きく上回る、という状況です。ですから、もし将来的に日本に住むことを選択する場合、米国で一生を終えることに比べて、いくらかのお金を節約することが可能になる可能性が高いです。

この判断によって大きく状況は変わってくるため、ここではある程度ケースを限って考えていきます。リタイア・セミリタイア後のシナリオとしては大きく三つに分かれると思います。

  1. フルタイムの職を辞めたらすぐに日本に永住帰国する

  2. フルタイムの仕事の退職後もしばらくそのままアメリカでの生活を続け、ある年齢に達したら日本に引っ越しそこで人生を終える

  3. そのままずっと米国で暮らし、米国に骨を埋める

この中では3が最も費用が掛かり、1が最も低コストでしょう。私の想定するプランは2なのでその中間になると思いますが、自らのアイデンティティ云々の個人的な問題は考えないとしても、この三つでは、大きく税務面やアクセスできる投資商品に差が出ます。3に関しては特に税務については心配せずとも一生tax returnの手続きさえきちんと行えば問題ないですが、1/2に関しては、二国間にまたがる税務という悪夢が待っています。これに伴うコストや、タックスプランニングで下手をすれば生涯で億単位の差になるのが厄介な部分です。これは早期引退者に限った問題ではないですが、必ず対処する必要がある問題です。

以下のセクションでは、2のシナリオをメインで考えています。従って、フルタイムの職を離れた後も米国で当面は生活するため、急な米国内の資産の処分や退職直後の国を跨いだ資産移転を行わず、日米両国の税の専門家を交えて、年単位の時間をかけて移住の準備するというシナリオを想定しています。本題とずれるので深入りはしませんが、セミリタイアを考えるような人は、近年の資産インフレで日本に引っ越す場合には出国税の対象になるケースも当然考えるべき項目になるでしょう。これらは短期で対処するにはとても難しい問題ですが、時間をかければある程度は対処できるはずです。

そしてここまで読んでお気づきでしょうが、米国で早期にフルタイムの職を辞し、その後暫く米国都市部でセミリタイアして暮らせるような位置に到達した人は、ほぼ確実に日本でなら安全やサービス・食事の質、医療へのアクセスを犠牲にすることなく経済的自由を手に入れることができる可能性が高いです。日本の極めて安く高品質なサービスや医療がこのまま供給され続けると考えるのは危険だと思いますが、米国でも生涯一定の生活の質や老後の生活を担保できるレベルの資産をもてば、高確率で今後の日本でのインフレやサービス価格の暴騰にも対応できる可能性が高いと見積もっています。こればかりは不確定要素が多いので確実なことは言えませんが、経済的には2/3のシナリオが現実的ならば、プラン1はほぼ自動的に実行可能である、という仮定の下にこの文章は書かれています。

米国での「一般的な」リタイア生活とは?

本稿で論じようとしているのは、一般的なリタイア時期よりも少々早く仕事量を減らすか、別の趣味的なプロジェクトへと移行し、無理のないセミリタイア生活を経て60代でフルリタイアへ向かう、というシナリオです。これは若干イレギュラーなライフスタイルですが、FIREに比べればやや現実的です。しかしイレギュラーなものを論じるなら、まずはベースとなるシナリオを前提として共有する必要があると思います。60歳くらいで大きく生活レベルを落とさずに完全リタイアし、そのまま米国の物価がそこまで高くないエリアで、派手ではないが安定した静かな生活を送る…といった例で何か参考になるものはないかと探したのですが、ちょうどこんな動画を見つけたので興味のある方はまずこれをご覧ください。

もし今後も米国に住み続けるつもりで、これを見て出てくる金額にびっくりしたり、「桁が違わない?」と思ったならば、早急にFPに相談することをお勧めします。日本の物価が頭にあると、この中に出てくるさまざまな金額の例は異常な高額に思えるかもしれませんが、これは別にこの人物が嘘をついて顧客を煽っているわけではありません。CA州に住む住民として、数字の細部にはいろいろ言いたいこともありますが、全体的にはそれなりの説得力を感じます。サンフランシスコやロサンゼルス、ホノルルといった物価の高い地域で暮らすにはこの例に出てくる額はやや少ないと思いますが、それ以外の地域での一般例としてはそこまで突飛な試算ではありません。米国ではインフレに適切に対処しないと人生計画が狂う、という理由はこの辺りにあります。

我々の世代(40代後半から50代前半)の日本からの移民一世は、同じような職業で同じような収入の人が結婚して家庭を築くケースよりも、二人のうちどちらかが米国で仕事を得て、一方が一部キャリアを犠牲にして渡米するというケースが少なからずあったと思います。こうなるとよほど一方の稼ぎ手が頑張らないと、この例のように仲良く$1Mずつ貯めて60歳からゆったり老後、という家庭に比する資産を構築するのが難しく、立場的にはかなり不利です。それでもそのハンデを乗り越えてそこに到達できたのならば、それは大変な努力であったでしょうし、同時にとても幸運であると言えます。ならばせっかくのその幸運を利用してもう少し冒険してみようか?と思える人に向けてこの先のセクションはまとめます。

また「このFPの言う例は一般的か?」と問われれば、yesでありnoでもあります。というのも、米国では現実として60代からの悠々自適なリタイア生活というものが減少しつつあり、それを得られるのはおそらく全体の数割でしょう。ですから、昔ながらの派手ではないが余裕のあるリタイア生活を得られる少数派の中では一般的と言ってもそう間違ってはいないと思います。以下の統計にある中央値はなかなかに衝撃的ですが、この激烈な格差もまたアメリカを特徴づける一面です。一般的に米国のFPのビジネスは、自力でリタイアメントを乗り切ることができそうな、とても幸運な数割の人々に最適化されています。

「ちょっと待て、それでも平均的には60代前半にアメリカ人は引退するとおまえは書いているだろう?記事にも書いてあるじゃないか。」という疑問もあるかと思いますが、「望んだ時期に、悠々自適に」とは書いてありません。その実態は、レイオフなどで不本意に強制早期リタイアしてソーシャルセキュリティーのみを命綱にする人が少なくない、と言うとても厳しい現実もそこには含まれているからです。日本のような解雇規制と定年制がないという自由は、一方でこういう結果も生み出すのです。

従って、これからまとめようとしている情報は「一般的な・平均的な」という言葉をひとまず忘れて、このベースのシナリオを超えてて更なる早期の自由を目指すという冒険的なことをしよう、というのがテーマです。

(第一章 「自由を得るために実際に行動する」に続きます)


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