フットボールとパブ、の話②
今回はこちらの話の続き。
さて、セミファイナルはイングランド対オランダ。
やってきたのは、自宅の最寄駅のすぐ近くにあるパブ。
金曜日から日曜日の夜にかけては、イケイケの音楽が流れていたりバンドの生演奏があったり割と騒がしいが、ルーフトップもあったりして、広々としたスペースが特徴的だ。
テレビスクリーン前の席はほぼ予約で埋まっていた。相当な大人数でない限りパブの予約なんて滅多にしない。これがフットボールの力なんだと痛感させられる。
試合が始まるものの、店内は思ったより落ち着いた雰囲気。
イングランドがゴールを決めたら、誰かのビールが頭から降ってくるんじゃないかなどとびくびくしていたが、そんなことはとても起きそうにない。
ちょっと拍子抜けする。
1対1のまま。あと数分で延長戦にもつれ込むというところまできた。
選手が必死にボールを追い、多くの観客がイングランドの勝利を願っているなか、私は1人空腹と戦っていた。パブのキッチンも早々に閉められてしまい(おそらくキッチンスタッフも試合を見たい)どうにもお腹が空いている。延長戦になれば30分は試合が延びるし、それでも決まらなければPK戦になる。
お願いだ、どっちか決めてくれ…
そんな祈りが通じたのか、試合終了約1分前にイングランドがゴールを決め、めでたく2対1で試合は終わった。パブにいる人々が勝利を喜ぶなか、私は「これで家に帰って空腹を満たすことができる!」という喜びを交えて喜んでいた。
パブからは特にサービスもなく、この日はそのまま帰宅。
そして迎えたファイナル。対スペイン戦。
大家さんの奥さんがスポーツ観戦の度に行くという、別のパブに足を運ぶ。予約は既に締め切られていたため、試合開始2時間前に店に足を運び、まだ予約のされていない席をなんとか見つけて座ることができた。
なるほど。このパブはこの間行ったパブに比べて、テレビスクリーンの数が圧倒的に多い。どこに座っていてもテレビを見ることができる。これは人気なわけだ。
席に座るとすぐ、隣の席に座っていたもうそこそこ出来上がってそうなお兄さんに話しかけられる。
「へい!君たちは試合を見に来たのかい!」
「そうだよ」と答えたら
「試合は見るの初めて?」と聞いてくる。
「オランダ戦も見たで」と返すと
「もしもイングランドが勝ったらね、僕はこの椅子からダイブするから、君たちを含めてここの周りにいる人にはそれを受け止めてもらわないと!クレイジーになるよ!よろしく!」
…おおお、来た来た、こういうの。
めんどっちいな…という気持ちと、先に予告してくれた謎の紳士さに感謝しつつ「…まあできたらね、ははは」と適当に返し、試合開始まで飲んで待つ。
そしてキックオフ。
スペインが先制点を決め、イングランドがそれに追いつき、1対1のまま試合は進んでいく。前回の反省を踏まえて、試合前に食べ物をそれなりに頼んでおいたので今回は比較的機嫌良く観戦することができている。
先ほど絡んできたお兄さんも、かなり酔っ払っていると思ったけれども、意外と冷静に動いている。既に空いている仲間のグラスを店員さんが持っていきやすいように空いているテーブルにまとめて置いたり。私たちの席は、テラス席のすぐ横だったのだが、熱気でむんむんになった時にはテラス席に通じる扉を開けて換気してくれたり。ほうほう。なかなかいい動きをしてくれるではないか。
最後はスペインがゴールを決め、2対1で試合終了。
おつかれ、イングランド。
パブは完全に葬式状態と化した。
当たり前だけどパブからのサービスもない。
椅子からダイブするはずだったお兄さんは、空中のある一点を見つめたままぼーっとしていた。
しばらくして、そのお兄さんは、一緒に見に行っていた私のフラットメイトと無念さを分かち合うようにハグをし、仲間たちと店を出て行った。他のお客さんたちもぞろぞろと出ていく。
何ともあっさりしたものだ。
こうして、私のフットボールパブデビューはあっけなく、そして無事に終わった。
これまで漠然としか描けていなかった「フットボール」と「パブ」の組み合わせが、少しだけ輪郭を帯びた気がする。はしゃぎつつも、それなりに節度を持ちながら楽しもうとしている人たちの姿が具体的に見えたことで、少なくとも悪い思い出にはならなかった。
もちろん、試合結果によっては印象が大きく変わっていた可能性もある。
勝ってたらあのお兄さんは椅子からダイブしてたわけだし。
それに、国内リーグだったらまた違う雰囲気だったろうし、私がパブで働いている立場だったら…。きっと見方は大きく変わる。
今回の印象は、あくまで、2024年7月現在の私によって形成されたものである。
こんな感じで、これまで漠然と抱いていた「イメージ」みたいなものを、実体験を通じて具体的にしていくのが向こう2年の目標のうちの1つ。
次は何しよう。
おしまい。
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