9幕・大人の階段
今何歳?名前は何?
劇場の裏口でいつもの様に遊んでいると、急に話しかけられた。
紅子、小2だけど?
もしかして椿山小学校?
うん。
私ね!同じ小学校の4年生に転校してきたの!
1ヶ月だけだけど、小学校で少しでもいっぱいお友達作りたいの!学校やこの町で流行ってる事や方言とか教えて!!
息せき切って話し出した少女の気持ちは、ある程度は理解したが、ここまでの熱意は初めてだった。
えっとね、4年生と5年生の間だと、女子は長縄跳びしてて、男子はサッカーやってる。
ドッジボールは女子も男子もやってる。
雨の日は折り紙でバラ折ってたり、アルプス一万尺かなー。
男子はメンコやってる。
学年に1台ピアノがあるから、ピアノで習ってる子は時々弾いてる。
それでそれで?
方言は、語尾に「〜じゃ」とか「〜じゃけん」とかかなあ?
そうなんだ!ちょっとやってみるね!
「私はA子じゃけん、お友達になって!!」
うん、そんな感じで良いと思うよ。
正直、熱意に圧倒されている私だ。
ねね、給食って何が人気?
金曜日のフルーツポンチとミルメークはすごい人気かなー。
毎日の押し麦入りのご飯も人気だよ。
旅から旅への一座の子供達は給食を食べ終わったら早退して仕事へ行く。
給食の時間は唯一のコミュニケーション時間だ。
うんうんっ!教えてくれてありがとう!
明日から学校だから、早速やってみるー!
そうだ、紅子ちゃん明日の登校一緒に行こ!
ごめんね、通学路決まってるから一緒には行けないや。
ここはどこに集合してるか知らなくて。
でも転勤族の子達も多いから、すぐ慣れるよ。
熱い質問攻めに必死で答えて、その日は帰宅した。
A子ちゃんは無事に友達ができるだろうか。
きっとできる。
そう信じて目を閉じた。
次の日、A子ちゃんに様子を伺った。
友達できそうなんだ!
何人か話しかけてくれたよ!
今度劇場の裏口で遊ぶんだ!
ハキハキと嬉しそうに語った。
私は安堵した。
後日、劇場が休みの日に4年生の女子数名とA子ちゃんが駄菓子屋で遊んでいるのを見た。
友達ができて本当に良かった。
旅の栞になっただろうか。
その次の年、またA子ちゃんの一座がやって来た。
A子ちゃんに話しかけようとしたが
彼女は立派な大人の着物を着て、1人舞踊を練習していた。
おかみさんからA子は大人としてデビューするので、邪魔にならない様に奥の端っこで遊びなさい。
そんな風に言われた。
とうとう大人になってしまったA子ちゃん。
だから4年生の間に必死に友達との思い出を作ろうとしていたのか。
悲しくも美しい、大人の階段。
幕はまだ降りない。
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