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14幕・未来に大見得

わしはな、おばあちゃんに心底惚れたんじゃ。
へえで一座を辞めたんじゃ。

おばあちゃんがな、不安定な仕事より安定した場所で安定した仕事につかんと嫌じゃ言うけえ。

おじいちゃんはその後、水道配管工になったのは知っている。
と言うか、そこまでからしか知らない。

飲む打つ買うの三拍子が抜けないまま、町中で夜逃げを繰り返してはすぐ捕まり、和裁の腕があったおばあちゃんが細々と家庭を支えていた。

かつて父は言っていた。
貧乏すぎて牛肉はおろか鶏肉も食べられない。
唯一のご馳走は鶏皮の酒蒸しだったと。

さり気なくひとつの桐箱が出された。
これって、文金高島田のかんざし?
そうじゃ。
斑(ふ)の入ってないべっ甲だねえ。
おぉ紅子、よう知っとるのう。
ばあさんとの結婚道具じゃ。
わしが一座を辞める時買ったんじゃ。
本物のべっ甲で、今じゃ捕れんぞ。
おじいちゃんは嬉しそうな声音で微笑んだ。

凄い高そうだけど・・・。
なんで半分しかないの?

左側はきっちりあるのに、右側は最初から無いように見えた。

右側はな、貧しゅうて売ってしもうた。
でも。どうしても全部は売りとうなかったんよ。
おばあちゃんは、はにかみながら言った。

そっか・・・。
私もほっこりしていた。

じゃあ、貴重な物達もおひねり的なやつ?
ご贔屓にしてくれとった大切な人らからの貰いもんじゃ。
物の無い時代に、あねえな立派な物を貰うたら、大事にせにゃおえんけえのう。

おじいちゃんの高い人気と、お金は無くても焼け残ったり、疎開地で豪農にお米と変えなかったりしていた立派な品々だったんだろう。

田舎のゆっくり流れる時の中で、おばあちゃんとおじいちゃんは結ばれたんだ。

私髪の毛伸ばすから、この半分のかんざし上手に使って、いつか結婚式する時に文金高島田にするよ!

ほおほお、そうか!
ばあさん、孫の結婚式まで長生きしようなあ。

じいさん、その前に私ら死んどるわぁ。

100歳過ぎるまで長生きしよう!
わしらの未来は明るいぞ。

おじいちゃんはおばあちゃんの肩を抱いて、片膝を床に付き立膝で蛍光灯を指さして見得を切った。

心に拍子木の音がカカンと小気味よく鳴った。

やっぱり役者だったのは本当だったんだ。

ご馳走様。

まだ幕は降りない。

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