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8幕・心の恋人


おばあちゃんが街の劇場に行った際の記念写真を額縁に入れて、ニコニコしっぱなしだ。
まるで乙女に戻ったかの様。

普段ならおじいちゃんに悪態つきまくりで、おじいちゃんは静かに囲碁をやりながら、キセルを燻らせているだけだ。
もはや悪態セラピーじゃないかと思えるレベル。

しかし、あれ以来おばあちゃんはご機嫌だ。

紅子、時代劇観よう。
誰が出てるの?
おばあちゃんの「心の恋人」が出るんじゃ。
心の恋人って?
街の劇場で写真撮った人じゃ。
あー、あの人かあ。
凄いね!テレビにも出るんだね!
2人でワクワクしながらテレビにかじりついていた。

闇の中で切られ役が大量に出演されているが、果たして何役なのかも解らない。
幼心にきっと凄い大役を任されているのでは。と期待していた。

あっという間に場面転換されてしまった。

おばあちゃんは心の恋人が出たと言っているが、どこか解らなくて困惑してしてしまった。
でもテレビに出れるくらいの立派な役者さんなのは確かだ。

心の恋人を語る時、おばあちゃんから1人の初恋を知った少女に変わる。
心の恋人は若干19歳位の若さで座長になり、若い盛りを全て一座の為に捧げている苦労人で、芝居も舞踊もずば抜けて上手く、テレビ出演もこなしている素晴らしい才能の持ち主。

遠くの席でも良いから、ひと目会いたい。

恥じらいながら言っている。

そして月日が流れ、またおばあちゃんの待つ心の恋人に会うため、街の劇場へ連れて行って貰える事になった。
私とっては半年だったか、年に1度だったかのスイーツパラダイス。

どうしておばあちゃんが粋なパフェを知っているのか解らなかったが、毎回違う豪華なパフェを食べさせてくれる。

紅子、今度は街の友達に頼んでええ席取れたけん、心の恋人が少しは観えるかもしれん。
そうなんだ。私の身長でも観れるかなー。
行ってみんと解らんなあ。

もう歩き慣れた街並みは、私が住んでいるド田舎と比べると、とんでもなく大都会だと感じた。
商店街も賑やかで、洗練されている事に気付いた。

そして商店街の少し外れに劇場がある。
もう入りきらないんじゃないかと思う人数が待っている。
前は1番奥の席だったが、今日は真ん中くらいの席だ。

見えるか見えないかで言うと、ギリギリ見える。
相変わらずカリスマアイドルのように黄色い声援と熱狂が包む。
お芝居も終わり、舞踊ショーの時間になると熱気も凄い。
万札のレイにお花の数が地元の劇場より遥かに多い。
さすがの子供でも驚くレベルで、圧倒された。

その時、おばあちゃんが動いた。

心の恋人にお花を添えた。

他の観客に比べると幾分か少ないが、おばあちゃんなりの精一杯は届いたと思った。

やったじゃん、おばあちゃん。
私はブイサインをした。
座席に戻ってきたおばあちゃんは、大した金額じゃないけえ、恥ずかしゅうてかなわんわ。
と言う割に微笑んでいる。

そして送り出しの時間が来た。
また私をダシにして写真を撮るんだろうが、実は秘策を練っていた。

孫がファンなんです・・・
またまたお決まりの台詞。

あのね、おばあちゃん、座長さん、私のサンドイッチで撮って欲しい。
座長さん真ん中ね。
わざと無垢な子供を演じ、恥じらうおばあちゃんを他所にサンドイッチ作戦は無事成功した。

握手も勿論、先程の様に秘策を使った。
おばあちゃん右手ね、私は左手で一緒にしたーい。
こんなシワだらけの婆の手なんて・・・。
おばあちゃんは耳まで真っ赤になっている。
座長さん、早くー。
純粋無垢120%を気取り、座長さんを促した。
座長さんはそっとおばあちゃんの手を取り、握手してくれた。

今日はありがとうございました。
座長さんが笑顔を見せると、おばあちゃんは確実に気が動転している素振りで頭を下げ続けていた。

しめしめ、やったぞ。
謎の満足感に浸りながら、今回のご褒美パフェを楽しみにしている、したたかな私だ。

おばあちゃんは恥ずかしくて仕方なかったのか、無言で下を向いたまま足早にパフェ屋さんに連れて行ってくれた。

ご機嫌にパフェを食べ始めた私に
このシオカラトンボがっ。
あねぇな事言うてからに。
と悪態をついてきたが
パフェ美味しいー、ありがとう。
だけ言ってシラを切り通した。

現像し終わった写真にには、はにかんで微笑んでいるおばあちゃんとキメ顔の心の恋人(座長さん)と満面の笑顔の私が写っていた。

まだまだ、幕は降りない。

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