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10幕・幕引き

とうとうレイも5000円になったか、不景気じゃのう。
お花も飛ばんようになったなあ。
前はようけえ飛んどったんじゃけどなあ。

常連客の年寄り達は口々にそう言っている。
時はバブル崩壊後だったが、田舎にもとうとう余波がやって来た。

ここもその内に潰れてしまうのか。
私も小3になり、ある程度は理解している。

校外学習に行った際、この劇場の跡地にショッピングモールが出来るのを知っているからだ。

あと僅かの憩いの場に、最後まで居たい。

子供踊りの出演願いを劇団の小5のお兄さんに伺った。
良いよ。俺らでも稼がなくちゃ行けないから、相舞踊しよう。
男役と女役どっち出来る?

どっちも出来るよ。

俺の方が身長高いけど、男役やってみて。

オッケー。

早速化粧前に行き、自前の化粧道具で化粧をし、鬘と衣装を借りた。

相舞踊前に小5のお兄さんは何か難しい機械を弄っている。
いつの間にこんな機械が導入されたのか、知らなかった。
お兄さんはマイクでアナウンスし、機械のボタンや何やらを上げ下げした。

そして相舞踊が始まった。まず私にお花がついたが、これはおばあちゃんがキャッチアンドリリースするので、意味は無い。

しかし、それを勢いにお兄さんにもお花が飛び交う。

白粉を落とし、鬘と衣装を返した後、お兄さんに聞いてみた。
あの機械って何?
PA設備。触んなよ、めちゃくちゃ高いんだから。
う、うん。

しかし、どうしようも無くPA設備を弄るお兄さんがカッコよく見えて仕方ない。

ちょっと触らせて欲しいと願い出た。
しかし、見て覚えろ。と言われてしまった。

きっと小3程度の子供には出来ないだろうと見越して言ったであろうが、ガッツだけはある私だ。
本当にPA設備の邪魔にならない程度の場所で、連日見続けていた。

流石に呆れられたのか、邪魔だったのか。
ある日小5のお兄さんは、機材の簡単な使い方を教えてくれた。
ココ押して、ココ上げると、マイク入るから。
私はドキドキしつつ、マイクを入れた。

地元の紅子が踊ります!曲は〜です!

元気良くアナウンスし、いつもの様に舞台へ飛び出した。

その月が終わって、大人だけの劇団が乗った。

それを最後に、劇場は解体された。

赤絨毯も、歴代の花魁写真も、どこに消えたのか。

おばあちゃんの心の恋人がやってくる街の劇場も、テナント募集の張り紙が残酷に貼られていた。

私の濃密で楽しい記憶は、短い時間で幕引きをした
様に思えたが、新たな幕が上がる事になる。

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