本当に「ソ連は加盟国が0になっただけでまだ存在する」のか?

結論から言うと、Twitter発祥のジョークが一人歩きして信じられてしまったものだと考えられます。

(了承いただきたいこと:本稿の筆者は政治学ならびに史学の専門家ではありません。必要であれば専門領域の方に補足いただけると幸いです。)

経緯

昨今のウクライナ情勢悪化より前から、「ソ連はまだ存在する」という言説をがTwitterを中心として見られました。内容は至ってシンプルで、「ソ連は加盟国が0になっただけであり、まだ組織としては(空っぽだが)存在する」というものです。

その起源についてはまだ確定できないのですが、少なくとも2018年頃におふざけ的なものとして流行したようで、その様子がTogetterにまとめられています。当時の(日本国内で感じられる)情勢としては現在ほど緊迫したものではなく、東欧・CIS諸国などの歴史・地理に関心がある層がネタにしていたといった程度だと思われます。(構図は違いますが、「町田は神奈川」と似たようなものと考えてよさそうです。)

世の中の流れが急激に変化したのはロシアがウクライナに侵攻した2022年2月のことです。ロシアが国連安保理の常任理事国であり、拒否権を発動できる以上、国際連合はこの状況に対して有効な手立てを打つことができません。その状況下でウクライナが主張したのが「ロシア連邦は、ソ連崩壊時に国連加盟の適切な手続きを踏んでおらず、現在の常任理事国としての地位は正当なものではない」というものです。(これは簡略化した説明であるため、詳細については以下の記事を参照ください。)

このニュースと共に「ソ連はまだある」が一部であたかも真面目な情報として拡散しつつあるのが本稿執筆時の状況です。

ソ連崩壊という言葉の印象のせいかもしれませんが、無秩序に崩壊したのではなく、それなりに幕引きは行われています。その過程でソ連が存在しなくなったことを示す文書(合意・議定書)が2つあります。
これらを踏まえた上で「これらの議定書に妥当性がない」と主張することはできるかもしれません。それは各個人の政治的スタンスによるものですので、筆者は否定も肯定もできません。しかし、その議定書を知らずに「ソ連はまだある」と認識することは、現在の複雑なウクライナ情勢の理解の妨げになると考えています。

ベロヴェーシ合意 (Беловежские соглашения) (1991/12/8)

冒頭部分に記載があります。

Мы, Республика Беларусь, Российская Федерация (РСФСР), Украина, как государства-учредители Союза ССР, подписавшие Союзный Договор 1922 года, далее именуемые Высокими Договаривающимися Сторонами, констатируем, что Союз ССР как субъект международного права и геополитическая реальность, прекращает свое существование.

(参考:DeepL翻訳の結果)
我々、ベラルーシ共和国、ロシア連邦(RSFSR)及びウクライナは、1922年の連合条約に署名したソビエト社会主義共和国連邦の創設国として、以下、締約国と称し、ここに国際法の主題及び地政学的現実としてのソビエト社会主義共和国連邦が消滅することを表明する

アルマ=アタ議定書 (Алма-Атинская Декларация) (1991/12/21)

関連部分の抜粋です。

С образованием Содружества Независимых Государств Союз Советских Социалистических Республик прекращает свое существование.

(参考:DeepL翻訳)
独立国家共同体の形成に伴い、ソビエト社会主義共和国連邦が消滅。

(参考)国連憲章

逆に、「ソ連」の存在を示すために国連憲章が引用される例があるようです。なお、国連憲章は1973年以来、改正されていません

安全保障理事会は、15の国際連合加盟国で構成する。中華民国、フランス、ソヴィエト社会主義共和国連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国は、安全保障理事会の常任理事国となる。

確かに「ソ連」の記載はあります。しかしながら、1971年のアルバニア決議を以て追放された「中華民国」が残っているこの文書を以て「ソ連が存在している」と主張するのは(当のソ連構成国らが前述の文書で示したことを別にしても)ちょっと無理があるように思われます。(国連憲章では「現時点で存在しない国を指定している」と解釈するのが限度ではないでしょうか。)

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なお、本稿の執筆にあたり、中立的な表記に努めましたが、筆者はウクライナを支持しています。一刻も早く、情勢の安定とウクライナで暮らす人々の生活の安寧が取り戻されることを強く祈念しております。 #StandWithUkraine

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