見出し画像

中国軍の特殊作戦機の名称はややこしい ~領空侵犯機は"Y-9JB"ではない~

2024年8月26日、中国人民解放軍の航空機が長崎県の男女群島沖で、日本の領空を侵犯したことが報じられています。

出典: 防衛省

本件に関して、防衛省が当該機を「Y-9情報収集機」と公表したことから、一部ではY-9JBであるという声が見られました。しかし、実際にはその特徴から判断すると、本機はY-9DZ (Y-9Z)であると考えられます。

領空侵犯機とY-9DZ/Y-9JBの比較

まずは具体的に、今回の領空侵犯機の特徴を確認してみましょう。

 2020年6月22日の発表2024年4月1日の発表を筆者が加工

まず後方に、機体の丸みに合わせてパネルを貼ったような部分(よく見ると塗装が違う部分)が見られます。上記の図で白く囲んだ部分です。これはDiplomat誌の記事によれば、ESM/ELINTアンテナ(*1)であるとされています。

また、下部に、細長いカバーのようなアンテナも見られます。上記の図で黄色く囲んだ部分です。同じくDiplomat誌によれば、こちらは地上のマッピングを行うための合成開口レーダー(SAR)アンテナであるとされています。

Y-9DZ (Y-9Z)とされている航空機はこれらの特徴と一致している一方、Y-9JBであると確認されている航空機にはこれらの特徴が見られません。

*1: ESM = Electronic Support Measures(電子戦支援)、ELINT = ELectronic INTelligence(電子情報)

なぜ混同が発生したのか?

中国軍の航空機の特徴として派生型が多く、名称も一定しないことが挙げられます。これが混同を招いている理由ではないかと筆者は考えています。

Y-8, Y-9には多くの派生型がある

防衛省から当該機は「Y-9情報収集機」であると発表されましたが、そもそもこれはどういう意味なのでしょうか?

まず、Y-9(運輸-9)は中国人民解放軍が運用している輸送機です。Y-8(運輸-8)の後継機にあたります。

素の状態の(輸送機としての)Y-9。Wikimedia Commonsより

輸送機は特殊な機材を搭載するプラットフォームとして適していることから、特殊作戦機(信号傍受機、早期警戒管制機、空中給油機など)に改造されることがあります。これは中国に限った話ではなく、例えば航空自衛隊が運用する早期警戒管制機E-767はボーイング767を、アメリカ軍などが運用する空中給油機KC-130はC-130輸送機をベースにしています。

今回の「Y-9情報収集機」とは、Y-9をベースにした情報収集機を指す防衛省(日本側)の呼称です。

1つの派生型に複数の名称

中国の特殊作戦機は公式な名称が明らかにならないケースもあり、周辺国(日本や台湾)の防衛当局、そしてジャーナリストや軍事アナリストなどがそれぞれ独自の名称で識別を行っている状態にあります。

諸外国の防衛当局による名称
防衛省は「Y-9情報収集機」と同様に、「Y-9電子戦機」「Y-9哨戒機」「Y-8早期警戒機」など、ベース機+役割名で中国の特殊作戦機を呼ぶ傾向にあります。また、同一の名称で複数の機種を指すこともあります(後述)。

この命名規則は台湾の国防部も同様なのですが、日台で異なる名称が付けられることもあります。例えば以下の例でY-8 ASWとされている航空機は、防衛省がY-9哨戒機として識別している航空機のことです。ベース機をY-8とするかY-9とするかで見解が割れている状況です。

ジャーナリスト・軍事アナリストなどによる名称
航空ジャーナリストや軍事アナリストは先述したようにY-9JBY-9DZのような名前で識別しているのですが、実はこれにも表記に揺れがあります。例えばY-9DZはY-9Zと称されることもあり、これらを別の機種であると混同してしまわないように注意が必要です。

高新工程のナンバリング
また、以下のように、GX8GX12のような番号で呼ばれることもあります。

Y-8やY-9をベースにした特殊作戦機は「高新工程(gāo xīn gōng chéng)」と称されるプロジェクトの下で開発が進められています。このプロジェクトにおける登場順のナンバリングを用い、中国語で「高新8号」のように表現されることがあるのです。中国語圏以外では、ピンインのgāo xīnを略してGX8のように表記されます。
また、一部の英語圏のサイトでは「高新」を英訳した"High New"という表記も見られます。

ただし、こちらも公式なナンバリングが存在する訳ではないため、情報源によっては番号にズレがあるケースも見られます。

同じ役割の派生型が複数ある

ベース機の生産が長期間に及ぶ場合、同一の機能(役割)を持つ派生型が複数存在することがあります。
例えば自衛隊でも、空中給油機としてKC-767(2003年受領)とKC-46(2021年受領)が存在しますが、いずれもボーイング767をベースにしています。

中国軍のY-8/Y-9はこの傾向が顕著です。ここでは具体的に、両機をベースにした早期警戒機について見てみましょう。

以下に示すのはY-8JKJ-200です。両機は登場時期も見た目も異なるのですが、防衛省はいずれも「Y-8早期警戒機」と称しています。

「Y-8早期警戒機」ことY-8J(防衛省撮影)
「Y-8早期警戒機」ことKJ-200(防衛省撮影)

また、後継機となるY-9をベースにした早期警戒機として、KJ-500が存在します。

KJ-500 (Wikimedia Commonsより)

さらに、2024年に入り、同じくY-9をベースにした改良型の早期警戒機としてKJ-700が確認されました。

このため、防衛省のスタイルに則って「Y-8早期警戒機」や「Y-9早期警戒機」のように呼称した場合、役割は分かっても具体的にどの機種を指しているか不明になってしまいます。

今回の「Y-9情報収集機」もまさにこれに該当する機種でした。

まとめ

  • 8月26日の領空侵犯機はその特徴から、Y-9DZ(Y-9Z)の可能性が高い

  • 中国人民解放軍が運用する機種について、以下のパターンがあり、注意が必要

    • 日本の防衛省・台湾の国防部による命名

      • 複数機種をまとめて同一の名称で呼んでいることもある

    • "Y-9Z"など、軍事アナリスト・ジャーナリストによる名称

      • 表記揺れがある

    • 高新工程に基づくナンバリング

      • 「高新」表記、「GX」表記、「High New」表記がある

      • 番号がズレていることもある

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?