偽曲シリーズ第一回公演「恋は障害があるほど燃え上がり、燃えた炎は儚く消えゆく」脚本公開

こんにちは
演劇界を盛り上げるために日々邁進している熱血演劇人木田です
今日は久しぶりに脚本の公開をします
本日公開するのは、2016年に上演した
「偽曲ロミジュリ」
これをこの自粛期間にリーディングドラマ風に動画で公開しているので
それに合わせて公開していきたいと思います
また、動画公開に合わせ以前よりやろうと思っていた「偽曲シリーズ」を展開すべく、タイトルも変更して公開していきます
「偽曲ロミジュリ」動画については以下を是非ご視聴ください
https://www.youtube.com/watch?v=NTidY8cgeyw&t=132s
5月3日(日)に公開された第二回公演はこちら↓
https://note.com/visualrockza/n/nc0ca38e32833

作品情報
ジャンル:現代劇・ミステリー・ファンタジー
上演時間:15~20分ほど
出演者:男性1名 女性2名
場面転換:なし
上演難易度:低

「恋は障害があるほど燃え上がり、
燃えた炎は儚く消えゆく」


   そこはとある町の駅前にある小さな古本屋
   ひどく狭い店内は古ぼけた本がいくつも置いてある
   奥に進むと、一つのテーブルと何脚かの椅子
   その上にも本が山積みになっている
   その奥に一人の男が、座っている
   男の名前は「野良代晩熟」
   黒い服装に身を包み、不敵な笑みを浮かべる彼がゆっくりと語り始める

野良代  
「『戯曲』ってのは、俳優によって上演されることを目的に執筆された文学作品のこと。この定義に従うとしたら、則るとしたら、俳優の存在しない戯曲は戯曲ではない、という事になるんだ。つまりこの文学作品は、ここに置かれているだけでは何の意味もなさない。ただ、ひとたびどこかの誰かが、どこの誰でも構わないけど、そのページを開いた時、物語は始まる。俳優なんかいなくても、誰だって頭の中に想像力って言う俳優を抱え込んでいるんだから。ところで戯曲の特徴を知っているかな?それはね、その殆どがページの殆どが台詞によって埋まっているという事。これが実に僕たち向きなんだ。だって僕たちも会話をすることで人生を進めていくのだから。何よりも僕たちに近い文学作品、故に最も僕たちに影響を与えるのかもしれない。例えそれが偽りの、曲げられた物語になるのだとしても、ね。」

   気がつけば舞台上には野良代の横に一人の女性が座っている
   女性の名は暁烏由良と言う

野良代  
「それで、話の続きは?」
暁烏   
「え?」
野良代  
「え?じゃなくて。話の続き。」
暁烏   
「あ、えっと・・・どこまで話したっけ。」
野良代  
「困るなぁ、自分で話をしに来て忘れるなんて。しっかりしてよ、暁烏先輩。」
暁烏   
「先輩って言うな。」
野良代  
「何で?」
暁烏   
「何で30過ぎのおっさんに先輩呼ばわりされなきゃならないんだ。」
野良代  
「嫌だな、そうやって愉快なやり取りをして、暁烏さんと仲がいいんだよって所を見せれば、少しは緊張が解れるんじゃないかなって言う僕なりの気遣いなのに。」
暁烏   
「緊張?誰の?」
野良代  
「そこにいる、彼女の。」
暁烏   
「あ・・・。」

   野良代が指差した先には一人の女性がいつの間にか
   いや、恐らく先ほどからずっと座っていたのであろう
   女性が一人
   名を萩錦樹里と言う

野良代  
「後、僕のね。こう見えても僕は人見知りが激しいから、ほら名前も晩熟だし。名は体を表すって奴。」
暁烏   
「そうですね。じゃあ話を戻しましょう。どこまで話したっけ?」
野良代  
「彼女、えーと…萩錦樹里さんだったっけ?」
萩錦   
「あ、はい。そうです。」
野良代  
「その萩錦さんが何やら悩んでいて、それを僕に聞けって話じゃ無かったっけ?」
暁烏   
「そう。そうそう。そうなのよ。」
萩錦   
「あの、すいません。私、由良ちゃ…暁烏さんに。」
野良代  
「いつも呼んでる風に呼べばいいよ。」
萩錦   
「はい、由良ちゃんにここに来れば悩みが解決するかもと言われて来たのですが。その、本当に解決してもらえるのでしょうか?」
野良代  
「うん。礼儀正しいお嬢さんだ、どこかの誰かさんとは大違いだね。」
暁烏   
「大きなお世話。樹里んちは建設会社を経営してんのよ。ほら、高萩建設ってあるでしょ。」
野良代  
「ああ、大きな会社だね。社長令嬢って奴だ。凄いね。」
萩錦   
「いえ、私は何も。」
野良代  
「でも、そんなお嬢様が何でこんな下流階級丸出しの暁烏先輩と?」
萩錦   
「大学時代の友達です。」
野良代  
「大学?暁烏先輩って大学行ってたんだ?凄いね。」
暁烏   
「馬鹿にしてる?」
野良代  
「いやいや。ただちょっと興味を持っただけだよ。暁烏先輩でも入れる許容範囲の広い大学ってものに。」
暁烏   
「それが馬鹿にしてるっつーの。」
野良代  
「で、悩みってのは?」
萩錦   
「その、実は、私、今、好きな人がいるんです。」
野良代  
「ああ、いいね。恋の話だ。好きな人ってのは恋人?それとも片思い?」
萩錦   
「恋人、です。今のところ。」
野良代  
「今のところ?思わせぶりな発言だな。それはつまり旦那になるかも知れないのかな?」
萩錦   
「いえ・・・。」
野良代  
「ってことは逆か。彼氏が浮気でもしてるのかな?それを俺に調べろってこと?」
暁烏   
「違う。話を最後まで聞きなさいよ。そもそもそんなこと引き受けないでしょ?」
野良代  
「確かに、僕はインドア派が高じてインクローズドドア派だからね。」
暁烏   
「何よそれ。」
野良代  
「閉ざしているってことさ。」
暁烏   
「あっそ。さ、続けて樹里。」
萩錦   
「はい。彼は浮気なんてする人じゃありません。私たち本当に愛し合ってるんです。」
野良代  
「おお。」
萩錦   
「でも、私たちは決して結ばれないんです。」
野良代  
「何故かな?」
萩錦   
「彼の名前は若竹文雄(わかたけふみお)。若竹建設の一人息子です。」
野良代  
「はは~ん。」
暁烏   
「分かったでしょ?つまり二人はライバル会社の後継者同士なの。」
野良代  
「そりゃ、大変だ。大体話は読めたけど、そんな話を何故僕に?」
萩錦   
「それは・・・。(暁烏を見る)」
暁烏   
「だから、何とかしろってことよ。」
野良代  
「・・・。あのね、暁烏先輩。僕を一体何だと思ってるんだよ。さっきも言った通り、スーパーインクローズドドア派の僕に人の恋愛を、しかもお互いの家の事情が絡みまくってる事象を何とかしろって言うのは、無茶を通り越して、無謀、浅はか、向こう見ず、だよ。」
暁烏   
「そんなことは百も承知で来てるのよ。」
萩錦   
「由良ちゃん。そうですよね、野良代さんの言う通りです。すいません、何か見ず知らずの人間の話に付きあわせてしまって。」
暁烏   
「樹里。」
萩錦   
「だっておかしいじゃない、こんなこと他人にどうかしてもらおうなんて。誰が考えたって、諦めるしかないと思うの。」
暁烏   
「でも・・・それでいいの?」
萩錦   
「良い訳じゃないけど・・・でも仕方ないよ。」
暁烏 
「樹里・・・。」
野良代  
「何これ?凄く居づらいんですけど。何、僕のせい?僕が悪いの?『樹里…』絶対僕に何かを訴えてたよね。『樹里…』、『樹里・・・』って。」
暁烏   
「うるさい。何なの?別にそんなつもりなかったわ。」
野良代  
「嘘だね。だったらもう一回言ってみてよ。」
暁烏   
「何で?」
野良代  
「証明したいから。はい、やって。」
暁烏   
「嫌。」
野良代  
「嫌じゃ無くて、はい。」
暁烏   
「何で?」
野良代  
「はい。」
暁烏   
「・・・樹里・・・。」
野良代  
「あー、違う。」
暁烏   
「何が。」
野良代  
「さっきと違う。外してきたね。」
暁烏   
「外すってなに?」
野良代  
「いいから、さっきと同じように言って。はい。」
暁烏   
「樹里…。」
野良代  
「ところで、萩錦さん。」
暁烏   
「聞けよ。」
萩錦   
「何ですか?」
野良代  
「残念ながら僕はね、君の抱えている悩みや問題を解決してあげる事は出来ない。」
萩錦   
「はい。」
野良代  
「ただ、この世界にはひょっとしたら君と同じような悩みを感じている人物もいるかもしれないよね。」
萩錦   
「はい。」
野良代  
「だとしたらその人たちの経験が君を助けてくれるかも知れないよ。」
萩錦   
「でも、そんな人どこに?」
野良代  
「ちょっと、待ってくれるかな。えーっと・・・確か、ああ、あったあった。」

野良代、一冊の本を取り出して、ジュリに差し出す

萩錦   
「何ですか、これ?本?」
野良代  
「戯曲だよ。」
萩錦   
「ギキョク・・・ってあの演劇とかの台本ですか?」
野良代  
「そ、名前くらいは知ってるんじゃないかな?」
萩錦   
「『ロミオとジュリエット』有名ですよね?W.シェイクスピアの。」
野良代  
「そうそう。話は知ってるかな?」
萩錦   
「何となくは。」
野良代  
「じゃあ読んでご覧。何か、参考になるかも知れないよ?」
萩錦   
「戯曲が・・・?」
野良代  
「まあ、騙されたと思って。」
萩錦   
「はい。」

   萩錦、戸惑いながらも少し嬉しそうに去る
   

―偽曲ロミジュリ―

暁烏   
「樹里は野良代に渡された戯曲『ロミオとジュリエット』をその日から読み始めた。ただし、読み方には野良代から条件が出た。それは。」
野良代  
「一場面ずつ読むこと。」
暁烏   
「それと。」
野良代  
「この戯曲を映画や舞台とか、誰かが演じている作品を観ない事。」
暁烏   
「だそうだ。私の時と同じね。」
野良代  
「おや?暁烏先輩の時?」
暁烏   
「またそうやってとぼける。私が助けてもらった時よ。」
野良代  
「暁烏先輩が助けられたなんて初耳だけどな。」
暁烏   
「私の時もこうやって戯曲を渡したじゃない。」
野良代  
「嫌だな、僕はお勧めの戯曲を紹介しただけじゃないか。それを君が勝手に上演しただけ。」
暁烏   
「上演、ね。今回もそうなるの?」
野良代  
「さあ?僕には分からないけど、戯曲と言うのは上演される為に書かれた物だからね。それにね、素晴らしい戯曲ってのは不思議と人を演じたくさせるんだよ。」
暁烏   
「じゃあ、樹里も・・・?」
野良代  
「それは、彼女を見てみようじゃないか。さて、萩錦さん、どこまで読みすすめたかな?」

   野良代が話しかけるとそこには萩錦が訪れた時間になる

萩錦   
「バルコニーの場面まで。」
野良代  
「ああ、有名な場面だね。」
暁烏   
「そうなの?」
萩錦   
「由良ちゃん知らないの?」
暁烏   
「私は、文学はちょっと・・・。」
野良代  
「『ロミオ、ロミオ!何故あなたはロミオですの?』って台詞なら聞いたことあるんじゃないかな。」
暁烏   
「ああ、今の台詞か。いきなり何訳の分からない事言いだしたかと思った。」
野良代  
「ヒドイな。」
暁烏   
「でも、そんな台詞は聞いたことあるな。よくドラマとかでも出てくるよね。」
萩錦   
「私も有名なのは知っていたけど、こうやって改めて読んでみると凄くジュリエットの気持ちが伝わって来るの。」
暁烏   
「ふ~ん・・・そもそも『ロミオとジュリエット』ってどんな話なの?」
萩錦   
「設定は14世紀のイタリアの都市ヴェローナ。政治的問題からヴェローナでは教皇派と皇帝派に分かれて争いが絶えなかったの。その皇帝派の旗手であるモンタギュー家の一人息子ロミオと、教皇派のキャピュレット家の一人娘ジュリエットが禁断の恋に落ちてしまうの。で、このバルコニーの場面では、舞踏会で恋に落ちた二人が再会をして、愛を確かめ合う場面なの。『あなたは何故ロミオなの?』って言う台詞は、『あなたがモンタギュー家の人間でなければ』って意味が込められているのよ。」
暁烏   
「そうなんだ?私はてっきり、何でそんな変な名前を付けられてしまったの?って意味だと思ってた。」

   野良代、暁烏を観る

野良代  
「・・・。」
暁烏   
「何?」
野良代  
「何も・・・。」
萩錦   
「私も最初、文雄君が若竹建設の一人息子だとは知らなくて好きになってしまったの。ね、何か運命めいたものを感じない?」
暁烏   
「そう言われるとそうかも。」
野良代  
「じゃあまた読み進めたら感想を聞かせてくれるかな。」
萩錦   
「はい。ではまた。」

   萩錦、嬉しそうに去る

暁烏   
「あの子、すっかり『ジュリエット』になりきってる。」
野良代  
「そうなの?」
暁烏   
「聞いた話だと、彼氏に言ったらしいわ、さっきの台詞。『何で文雄に生まれてきたのか』って。」
野良代  
「順調に上演してるね。」
暁烏   
「それであの子は幸せになれるの?」
野良代  
「さあ?それは僕には分からないけど。『ロミオとジュリエット』には協力者がいるんだよ。神父のロレンスと言う役でね。二人の結婚を応援してくれるんだよ。」
暁烏   
「じゃあ、その役が出てくれば。」

   数日後、萩錦が野良代と暁烏の元へやってくる

萩錦   
「野良代さん。信じられないんです、戯曲を読み始めてから奇跡が起こったんです。」
野良代  
「おお、どうしたのかな?」
萩錦   
「私の父と、文雄さんの父の共通の知人が、私たちの事を何とか取りまとめようとしてくれているんです。まるで。」
暁烏   
「ロレンス。」
萩錦   
「そう、ロレンスの様に。」
野良代  
「それは凄いね。凄い、偶然だ。」
萩錦   
「ええ、偶然。でもこんなにタイミングが合うなんて。野良代さんのおかげです。」
野良代  
「僕は何もしてないよ。」
萩錦   
「でも、私本当に感謝しているんです。また来ます。」

   萩錦、去る
   その姿を不安そうに見つめる暁烏

暁烏   
「ここまでは順調だけど。」
野良代  
「だね。」
暁烏   
「このままうまく行くの?その、『ロミオとジュリエット』は。」
野良代  
「まさか。そんな単純じゃないさ。ロミオはふとしたイザコザから、ジュリエットの従兄弟ティボルトと言う役を殺してしまうんだ。」
暁烏   
「殺す?」
野良代  
「もちろん、本当は殺したくは無かったんだよ。ロミオは先にティボルトに親友のマキューシオを殺されてしまうんだ。」
暁烏   
「その仕返しで?」
野良代  
「ま、そうだね。怒りで我を忘れたロミオは『マキューシオの魂魄は頭上に漂っている。貴様の魂魄を仲間にしようと求めている。さあ、貴様か僕か、どちらかが道連れだ』。そう言ってティボルトと決闘するんだ。」
暁烏   
「じゃあ・・・若竹文雄は。」

   数日後、野良代の古本屋
そこへ萩錦がやってくる
   その顔は青ざめ、焦燥している

萩錦   
「どうしよう、由良ちゃん。私、どうしたらいいのかな。あの人が、あの人が私の従兄弟を殺しちゃったの。」
暁烏   
「樹里・・・。」
萩錦   
「同じバーに居合わせた彼と従兄弟は、酔った勢いで先月の大口取引のコンペを巡って言い争いになって、それで・・・。」
暁烏   
「若竹さんは?」
萩錦   
「分からない、まだ警察には捕まっていないらしいの。多分どこかに逃げているか、親が匿っているのかも・・・。」
暁烏   
「そんな・・・野良代!」
野良代  
「僕のせいだって言うのかい?」
暁烏   
「そうだろう。あんたが戯曲なんて読ませたから、こんなことになったんだろ。」
野良代  
「ちょっと待って欲しいな。」
暁烏   
「あんたに相談した私が馬鹿だった。樹里行こう。樹里!」
萩錦   
「由良ちゃん、何言ってるの。」
暁烏   
「え?」
萩錦   
「今、私たちはうまく行ってるの。ここで止めたら全て台無しじゃない。」
暁烏   
「樹里、何言ってるの?それは・・・。」
萩錦   
「せっかく『ロミオとジュリエット』の通りに進んでるのよ?このままいけば私たち、愛し合えるのよ。」
暁烏   
「そんな場合じゃ無いでしょ。若竹さんが犯罪者になってるんだよ。」
萩錦   
「ロミオもティボルトを殺した。もう少し、もう少しで私たち、誰もが憧れる恋人同士になれるのよ。」
暁烏   
「それは『ロミオとジュリエット』の話でしょ。お話の世界の。」
萩錦   
「違う!これは運命だったのよ。そしてもうすぐ物語は読み終える。邪魔しないで。」

   萩錦、暁烏の手を振り払い、走り去る
彼女は何かに取りつかれたように戯曲のページを捲る

野良代  
「そのまま読み進めるんだろうね。」
暁烏   
「おかしいじゃない、こんなの。元はただの恋の悩みだったのに。」
野良代  
「ただの恋の悩み?本当に?」
暁烏   
「え?」
野良代  
「だって最初に言っていたじゃない、もともと無理な相談だって。誰にもどうすることも出来ないって。」
暁烏   
「そうだけど。」
野良代  
「結ばれない恋なのは彼女も承知していた。だから彼女はいつの間にか恋を実らせることよりも『ジュリエット』になりきることが大切になって行った。」
暁烏   
「じゃあ、どうなるって言うの。」
野良代  
「簡単さ。『ロミオとジュリエット』って言うのはね、恋愛悲劇で有名なんだよ。」
暁烏   
「悲劇?」
野良代  
「そ。」
暁烏   
「二人は結ばれないって事?」
野良代  
「う~ん、それは解釈次第かな。」
暁烏   
「どういうこと?」
野良代  
「話の最後ではね、ジュリエットが死んだと思ったロミオは心中しようとして、ジュリエットの亡骸の前で毒を飲むんだ。でも実はジュリエットは薬で仮死状態になっていて、目を覚ますと落ち合うはずだったロミオが死んでいる。悲しみにくれたジュリエットはロミオの短剣で自分の胸を突き刺すんだ。『この胸が、お前の鞘』と言って。つまりは、要するに心中するって訳だ。」
暁烏   
「そんな・・・。」
野良代  
「でもこれは一つの解釈として、二人はちゃんと愛し合えたんじゃないだろうか、とも僕は思うんだがね。」
暁烏   
「そんな事はどうでもいい。つまり、このままだと二人とも死ぬってこと?」
野良代  
「そう言う事になるね。」
暁烏   
「やっぱり私が馬鹿だった。あんたなんかに相談した。あの子はね、樹里は優しい子なの、大人しいけど、いつも笑顔で、一生懸命で、ちょっと負けず嫌いだけど、人の悪口も言わないし、私なんかとは違う、心の綺麗な子なの。あんたには分からないだろうけど。」
野良代  
「そりゃあ分からないよ、他人だもの。君たちだって、本当は分かってないんじゃないのかな、他人なんだもの。」
暁烏   
「何が言いたいの。」

   そこへ萩錦がやってくる
   その顔は晴れ晴れとしている
   その様子に呆気にとられる暁烏

萩錦   
「こんにちは。」
暁烏   
「樹里。」
野良代  
「やあ、ジュリエット。」
暁烏   
「樹里、あなた戯曲は?全部読んだの?」
萩錦   
「戯曲?うん、読み終えたよ、昨日。」
暁烏   
「読んだ、のに、どうして?だって、二人は死ぬんじゃ。」
萩錦   
「死ぬ?どういう事?」
暁烏   
「だって、あなた『ロミオとジュリエット』と同じになりたかったんじゃないの。同じになるには。」
萩錦   
「やだな、由良ちゃん。確かに『ロミオとジュリエット』は素敵だよ。そりゃあんな恋をしてみたいって女の子なら憧れるかもしれないけど。」
暁烏   
「けど・・・?」

   以下、後日談

暁烏   
「『私はジュリエットじゃないし、彼はロミオじゃない』それが樹里の出した結論だった。結局、樹里はジュリエットになれなかった、いやならなかったのだ。」
野良代  
「それはちょっと違うかな。」
暁烏   
「え?」
野良代  
「彼女はジュリエットだったし、彼はロミオだった。ただ、一つ大切な要素が抜けていたんだよ。」
萩錦   
「多分、私彼を愛してなかったんだわ。何もかも捨ててでも一緒になりたいって思ってたけど、いざそうなった時に気付いたの。私はこのドラマティックな展開に恋をしていたんだって。」
暁烏   
「だそうだ。」
野良代  
「戯曲の解釈は自由さ。こんな結末があってもいい。それが戯曲の面白さって奴さ。ところで意外と知られていないんだけど、知ってるかい?物語序盤、ロミオはジュリエットと出会う前にロザリンドと言う女性にぞっこんなんだよ。」
暁烏   
「そうなの?え、ジュリエットは?」
野良代  
「たまたま出会い、一目ぼれ。それきりロザリンドの話も出てこない。実に移り気なんだよ。そりゃジュリエットが移り気だったとしてもおかしくないよね。」
暁烏   
「何とも気の抜けたような結末だった。でもそれで良かったのかもしれない。これは蛇足かも知れないが、樹里の彼氏だった若竹文雄の若竹建設は、後継ぎが逮捕されたことを受け、経営は大打撃を受けた。そして樹里の高萩建設はライバルの凋落を受け、更に業績を伸ばした。そして樹里は新たなロミオ探しに勤しんでいるらしい。」
野良代  
「めでたしめでたし、じゃないか。」
暁烏   
「めでたいの?戯曲のせいで人が死んでるのよ。」
野良代  
「嫌だな、戯曲にそんな力があるはずないじゃないか。例え彼女が『ロミオとジュリエット』と出会わなくても同じことが起きていたはずさ。偶然ってのは怖いね。」
暁烏   
「私の時も偶然だって言うの?」
野良代  
「暁烏先輩の時?それはまた別の機会にページを捲ろうじゃないか。今は一つのお話の終りなんだ。頭を下げて、カーテンコールだよ。」

   野良代の促しで、暁烏誰にするともなく頭を下げる
   するとどこからともなく拍手が聞こえる
   野良代も拍手を送る
   ゆっくりと舞台暗くなる

   幕

   


気に入っていただけたらサポートも嬉しいです サポートしていただいた分は全て演劇界の発展のために使わせていただきます