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インタビュー「ジョブ型雇用の方向性について」前編

みなさん、こんにちは。ビジョン・クラフティング研究所特別研究員の山本です。
今回は、東京経済大学経営学部教授の関口和代先生をお招きして、変化の渦中にある働き方に関する未来や人事に求められる役割など、2回に渡り、お届けいたします。


1.ジョブ型の方向性について

山本:関口先生、今日はどうぞよろしくお願いいたします。
早速ですが、現在導入している企業も増えつつあるジョブ型の方向性について、お伺いできますか?

東京経済大学 関口和代先生

関口先生(以下、関口):はい、中長期的には多分そちらにシフトして行かざるを得ないと思うんですね。今のやり方だと、やっぱりうまくいかない部分もあると思います。ただ、そんなにすぐに転換はできないだろうと思います。日本的なジョブ型雇用というと、A社の事例が必ず出てきますが、10年ぐらいかけて制度を構築している訳です。
だから、制度だけ変えても、10年単位とは言わないですけど、長期的な視点でやっていかないとうまく回らないのではないかと、個人的には思ってます。

もう1つはそのジョブ型、メンバーシップ型という分類自体も曖昧な部分があって、人によってイメージするものが結構違うので、一概に言えないなと思っています。 A社の場合、一般職もジョブ型に移行するところがすごいというか。ちょっと懐疑的な部分はあるんですけど、10年かけてその土壌を作ってやり始めたところに、とっても意義があると思います。

日本のメンバーシップ型という名称がいいかどうかは、少々疑問があります。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎先生も、そこまで明確に二分した言い方はされてないはずですが、言葉だけが先走りはしてるかなと思うんです。
今の日本のメンバーシップ型というのは、100年ぐらいかけて作られてきたわけなので、それを一気に変えるというのは、無理があるのではないかと。100年ぐらい前、もっと遡ると明治維新。あるいは、江戸時代からの仕組みがあって、その社会的な情勢とかそういうものがあって、現在に至る訳です。
アメリカ経営学やドイツ経営学などを日本風にアレンジしているのが、現在の日本の状況だと思います。ジョブ型に変えようとすぐ変わるかというと、多分変わらない。年月をかけてアレンジが加えられていくのではないかというのが、これまでの歴史的な状況です。

2.ジョブ型に移行するためには

関口:社会的なその価値観、私たちに染みついている価値観というか。すぐにジョブ型にみんなが転換できるかというと、それはないと思います。労働市場もそうはなってないです。もっと言うと、日本の教育制度もですよね。大学などの教育カリキュラムはジョブ型にすぐに対応できるようになっていない。
たとえば、アメリカだと、大学あるいは大学院で専門的に学んだことの延長上に「就職」があるジョブ型な訳ですよね。アメリカとかヨーロッパだと、大学院でHRM(ヒューマンリソースマネジメント・人的資源管理)の修士号を取った人が人事を担当する、大学院でHRMの理論をベースに研究した人、実践を積んだ人が人事部門の仕事をする。そういうキャリアルートができている世界と日本では異なりますよね。日本の人事担当者の方は、とても真面目に勉強する方が多いので、キャッチアップできている部分はあると思うんですけど。

私は、キャリアルートの分断が起こっている、大学までの教育と企業での実際の職務の分断はずっと生じていると感じています。でも、それがうまく機能していたのはなぜかというと、大学までは基礎学力とか基礎能力とかの底上げをして、あとは入社後にOJTも含めて別途教育し、中長期的にいろんな経験を積んで社会人になるというような、そういうキャリアルートになってるから、これまでメンバーシップ型でもうまく機能していたのだと思っています。仕組みがある程度できてしまっている中でいきなりジョブ型に転換というのは少し無理じゃないかなと。

ジョブ型というのは、キャリアアップするためには別の企業へと転職するというか、次のステップ、責任ある仕事に就くためには転職するということが前提になるかと思います。いかに学んで、いかにスキル・経験を積んで、自分が本当にやりたい仕事に向かって、チャレンジしていく。労働市場もそれに対応していなければならないのですが、日本ではそうではないですよね。経団連が会員企業に、中途採用を「経験者採用」という用語に改める方針を打診していますが、それは表面的な、単なる言いかえでしかないのではと個人的には感じています。日本の労働市場は未成熟ですし、社会保障の仕組みも同様です。転職すると損をするような社会保障になっている、そう思われていると思います。
本来は、国が主導すべき社会保障を、戦後、企業が担ってきたという歴史的な経緯があり、それがいまだに続いています。年金にしても健康保険にしても、本当は国が整備・対応すべきようなことも、大手企業が福利厚生の一環としてやってきた訳です。
そういうものが崩れない限りは、是正されない限りは、退職すると社会保障の枠組みから外れてしまう、損になってしまう懸念があります。個人がそれらについて覚悟をするような状況下では、難しい部分があるんじゃないかと思います。
労働に関連するさまざまな仕組みが、ジョブ型をメインとする社会とは異なっているので、そこをどう考えるかですよね。

特別研究員 山本

3.ジョブ型導入事例を通して

関口:ジョブ型をいち早く導入したA社は、世界中で何十万人もの従業員が在籍している中で、今までのいわゆる日本的なメンバーシップ型では対応できないので、ジョブ型に変化せざるを得なかった。海外進出していればいるほど、日本的なメンバーシップ型に適応した仕組みだと、いい人材を雇用できないために変えざるを得なかったのだと思います。
グローバルな企業であればあるほど、日本的なメンバーシップ型からジョブ型への変化を検討せざるを得ないのだと思うんですね。

ただ、大手企業だからという部分もあると思います。それは、疑似的な、社内労働市場を作ることができるからです。大手企業では、希望とは異なる仕事をしてる人が潜在的にたくさんいると思うんです。技術系の人とか、専門性が確立していてその仕事をしている人は別として、20代、30代だと必ずしも納得できる、希望した仕事に就いている人はそう多くはいないと思うので。
そういった時に、疑似的な、社内労働市場がある場合は、スキルや経験とキャリア目標とをマッチングできたりとか、ジョブローテーションができるところだと、ジョブ型に徐々に持っていくことが可能かとは思います。ただ、中小企業の場合、大手企業のようにはできないですよね。その課題はあると思います。
ジョブ型の場合は、パフォーマンスに対する評価が前提になると思うので、そういった評価の点で、どこまで納得いく制度や運用ができるかという点で課題は多いかなという風には思います。ジョブ型の仕組みを先行導入している企業も試行錯誤の最中だと、個人的には思ってはいます。

4.海外で見た学生や企業

関口:1つ思い出したことがあります。コロナ禍前は、毎年、海外ゼミ研修に行っていました。デンマークを訪問した際も、現地の情報とかを色々聞くと、やっぱり社会の仕組みが全然違うなと、思いました。日本で北欧スタイルをもてはやすような風潮がありますが、国の規模も価値観も異なりますから、そのまま導入するのは難しいところがあると考えます。
デンマークの大学生は、月額10万円が奨学金として国から支給されます。学費は無料です。奨学金の10万円でちゃんと学びなさいということです。現地の大学生とゼミ生とで交流もしたんですが、日本とは異なり18歳で大学に入るというわけでは全くないので、いろいろな年齢層の人、キャリアチェンジしたい人が大学で真剣に学んでいます。
現地と日本の合弁会社もいくつか訪問しました。若手社員の人と交流をしたいというリクエストしまして、若手社員の方にいろいろお話をお伺いしました。若手社員といっても、試用期間といいますか、インターシップといった感じで、まずは働き始めます。その会社で自分は働いていけそうか、働きたいかどうかなどを、本人と会社が相互確認していく期間という感じです。この会社じゃないな、この仕事じゃないなと思ったら、すっぱり切り替えて、他の会社で働く、あるいは他の仕事に就くためにスキル・知識・経験を身につけようとするということです。
その点でいうと、日本では、一回やってみて、向いていない、やりたい仕事ではないといった場合に、すぐにキャリアチェンジできるようにはなっていません。あ、これじゃないなと思ったら、もう一度学び直しをして、次の仕事につくという仕組みが、海外と比較するとまだ整っていません。今、リスキリング(必要なスキルを学び直し、新たな知識や技術を身につけることで自身のアップデートを図ること)という言葉を目にする機会が増えてきましたが、10代でも50代でも、当たり前のようにできる社会的なコンセンサスや制度がありません。失業保険の考え方や仕組みも、デンマークと日本では異なります。
日本社会の仕組みや価値観を前提にすると、新卒採用をメインとする現状でジョブ型を導入するといっても、期待しているものとは異なったものになると思います。
働いてみて、仕事をしてみて、これじゃない、ここじゃないっていうのはあると思います。そうなった時に、違う選択肢があるというのはいいなと思います。ただ、日本の今の大学の多くは、20歳前後を対象とした仕組みのままであるし、企業も新卒採用がメインであるので、すぐに対応できないというのはあると思います。


今回は、関口先生が考えるジョブ型雇用の方向性や、日本の現状はどのように形成されたのかについて、存分にお話をお伺いできました。
続編の次回は、「ジョブ型雇用の方向性」について、さらに詳しく伺います。