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経営管理のユートピア。あるいは、組織文化との共存

ある程度組織サイズが大きい企業、特にIPOも見据え始めた企業では、税法や労基法などの法律・上場準備の観点から求められる要件など、組織の論理やビジネスの論理ではない、組織外の論理により必要となる管理業務がある。

例として、起業したての企業では厳密に行われることが少ない、物品購入等の申請・承認プロセスや勤怠管理や固定資産管理が掲げられる。これらの業務は、IPOを見据え始めた企業で、IPO準備のため必要という名目で組織に導入されることが多い。

組織やビジネスの論理以外の要求により必要となった管理は、ある種組織文化にそぐわない形で設計・運用されることがある。特にIPO準備名目で新たな管理活動が全社的に導入される場合、「IPO目線で必要であるため協力してほしい」と告げれば、それがどんな形であっても、全社に受け入れられる可能性はある。

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しかしながら、管理都合による制度導入について、それが組織に与える影響に対して無自覚のままで居ていいのだろうか。

結論からすると、管理都合の論理で導入される制度であればあるほど、その制度が組織文化に影響することを認識し、組織文化に極力寄り添う形での制度設計が求められている。このような制度設計を行うことは、管理を担う人間に求められるスキルとして最も難易度が高いものだ。しかしながら、経営管理を設計する人にとって、この理想的と言える制度設計を目指す重要性は、認識しておく必要がある。

全ての管理は容易に解決可能。ただし、リソースを注げば。

組織やビジネスの目標達成のための業務や制度ではない、それ以外の論理で必要とされる制度などに対して、どのようにして組織的に対処するか。これらの制度や業務は、(主に人的)リソースをそれ専用に豊富につぎ込むことさえ出来れば、組織にストレスをかけずにその目的を達成することは容易だ。

どういうことか?

リソースをふんだんにつぎ込む解決方法について、「勤怠管理」を用いて説明しよう。説明上、勤怠管理の目的を、「従業員の就業状況を正確に把握すること」と単純化する(実際は把握した後の方が重要なのだが、今回の説明のために単純化したものであり、目をつぶってほしい)。

この目的を達成するためにどういう手段を取るか。組織に、つまり各従業員に対してストレスをかけずに、この目標を達成することだけを考えよう。

リソースを無制限につぎ込んでいいのであれば、例えば全社員に対してパーソナル・アシスタントをつけるのはどうだろうか。勤怠開始から終了まで四六時中サポートしてくれるし、その上、その時間の記録を取ることも代行してくれる。

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現実的ではない?その通り。1つの課題に解決するためだけに、大抵の組織はそれ専用に簡単にリソースは注げない。組織課題を組織全体で分かち合い解決できるようにしない限り、十分に組織課題を解くことはできない

「勤怠管理」をする場合、やはりどうしても全従業員に対して何らかログを取るための作業を強いることになる。GPSなどと連動したシステムでログを取ることを半自動化したとしても、各人に最終確認はしてもらうことになるだろう。

この結果、1つ管理が増えると、従業員全員に1つ「やるべき行動」が増えることになる。

外発的動機づけの甘美な罠

組織やビジネスの目標達成のためではない、別の必要性から導入された行動(勤怠管理、経費精算申請、稟議などを想定しながら読んでほしい)について、どうすれば組織で徹底できるだろうか。全社の協力が必要な経営管理業務を設計した人が最初に悩むことの1つが、組織でその業務が徹底されないことだ。

最初にたどり着きやすい解決策が、評価・表彰・強制・注意などを極端に行うことで行動を徹底させることだ。これらは、外からの刺激によってその行動を誘発させようとするものとして「外発的動機付け」と呼ばれる。

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外発的動機付けにより管理行動を徹底させること(例えば経費申請を一番はやく終わらせた人を表彰する制度など)は、短期的に見ると効果的に機能することが多い。そのため、外発的動機付けの仕組みを作った組織が短期的な成果を確認した結果、その仕組をさらに徹底させることがある。

しかしながらこの管理のための行動を評価・表彰・強制・注意などにより促進させる設計は、組織文化を変容させてしまう時がある。

管理のための行動をすることを強く評価(ないし注意)するような制度を設計して導入した時点で、「管理のための行動を成し遂げることは良い(もしくは、行動をしないことは悪い)」という、ある種の評価軸を組織に持ち込んだことに気がついているだろうか?

組織が成熟するにつれて「組織の決まりごとは全員で守ろう」という組織全体の意識は高くなる傾向はある。そのため、その傾向があることを意識して意図的に評価軸を持ち込んだのであれば良い。

しかし、無意識にその評価軸を持ち込んでしまうと、最悪の場合、既存の評価軸とその評価軸がバッティングして組織文化に大きな傷を残す。

例えば、営業成績が断トツに高く、それを組織的にも評価していた人がいたとする。その状況で経営管理を担当する貴方が、全社的な勤怠管理制度の導入をした。勤怠データを期日までに付けない人が出るのを防ぐために、3営業日後に勤怠データを付け忘れた人を、全員が参加するSlackのChannel上で名指しで注意しよう。こういう制度を導入した結果、勤怠データを再三付け忘れたエース人材が「自分は営業成績がいいから、勤怠ぐらい遅れてもいいじゃないか」とSlack上で反論してきた。こうして、治安が悪化した、居心地の悪い組織が出来上がる。

経営管理活動と組織文化の関係性

なるほど。安易に外発的動機づけに頼る制度設計をすると時に危険だと。それならば、組織全体に導入した経営管理業務について、どのように各人に徹底してもらうのが良いのだろうか。

これを考えるために「1つ管理が増えると従業員全員がやるべき行動が1つ増える事実」に再度着目しよう。管理のための活動だとしても、従業員が業務時間中に定期的に繰り返してやる行動の1つになる。

その行動はその組織に属する人にとって、「その組織らしい」行動と言えるのだろうか。更に言うと、どんな管理活動であってもそれを導入する際には何らかの選択が生じている。貴方がやったその選択に「その組織らしさ」は反映出来ていたのだろうか。

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勿論、明らかに「その組織らしさ(=組織文化)」に馴染まない管理方法を行っている会社はある。高い理想を掲げている会社であっても、その理想と逆行してしまう「管理論理の行動」を行ってしまうことがある。例えば、経営管理用のSaaSを作っている会社(本来デジタル化を進めている立場だ)において、内部統制整備に伴いハンコを用いる承認プロセスを導入することもあるだろう。

組織文化と溶け込んでいない「異物感」みたいな行動であっても、1・2個ぐらいであれば受け入れられることもあるだろう。しかし、管理制度を整備するに伴い、次々と組織文化にそぐわない行動を増やしていくと、Vision(=理想)を追い求めるために形成していた組織文化が、徐々に壊れていくことに繋がりそうだ。

対して、管理導入に伴い、組織文化と合致した行動や制度を増やすことができれば、組織文化をより強固にすることが出来る。また、このような行動や制度は、あまり違和感なく受け入れられるため、異物感漂う行動・制度と比べて業務が全社的に徹底されやすい。

結論からすると、「経営管理担当者が何らかの管理制度を社内に導入する際には、社内に求めた行動が組織文化に強く影響することを意識すべきであり、可能な限り組織文化に寄り添う形にカスタマイズすべき」となる。

組織文化と共存する経営管理、という理想の実現

最後に経営管理について、どのように、組織文化に寄り添う設計をするか述べる。

まずは、会社のVision/Mission/Valueについて、経営管理を担う人間は正しく理解しているだろうか。うまく策定・浸透されているVision/Mission/Valueは、組織文化と密接に繋がっている。勿論それらを策定していない組織や、策定していても浸透していない組織もある。後者であれば、経営管理を担う人間が率先して理解し、浸透を助けられないか考えよう。策定前の場合、現状の組織文化がどういうものか、言語化を試みる必要がある(ただし、非常に難易度が高い)。

Vision/Mission/Valueが理解できた後に、経営管理の設計を行おう。設計に際して、どのような設計を行えばいいか選択肢は沢山出せるだろうか。「経営管理用のSaaSを作っている会社で、内部統制整備に伴いハンコを用いる承認プロセスを導入する」事例について言及したが、こういう状況は、導入を決定した人の中に選択肢が1つしか無い時に起こりがちだ。

設計に際して、選択肢を広げるために、以下の項目を検討しよう。

1.管理導入によって、本当に達成したい事項は何だろうか。
「その解決策を導入すること」自体が目的になっていないか。「勤怠管理を導入すること」と「勤怠管理ソフトを導入すること」を同一視していないか。「管理すること」は、ある目的を達成することと言い換えることができる。その目的を今一度振り返ってみよう。
2.それを達成するための手段に選択肢はないのか。
目的を踏まえた上で、最初に思いついた選択肢、経験してきた選択肢以外の方法はないのか検討しよう。
3.管理導入によって、組織が得られるメリットは何だろうか。
管理導入は、組織全体のコストを上げるだけではない。組織的に得られるメリットは必ずある。勤怠管理を例にあげよう。各人の勤怠時間のデータが集計される環境では、従業員は業務過多の状態を、勤怠報告を通して組織に知らせることができる。組織が健全な判断をするならば、人が新規に雇い入れられて業務過多は解消される。
4.  それを感じられるように、管理プロセスを設計できないか。
それに携わる人がコストだけ感じられるプロセス設計を行おうとすると視野が狭くなりがちだ(検討も愉快なものではないだろう)。管理プロセスについて、そのメリットをすぐ組織に還元する方法はないだろうか。制度・プロセスを広く捉えて検討しよう。

とり得る選択肢を広げることができるだろうか?広げた選択肢の中から、「組織らしい」ものを選ぶことが出来たなら、それは組織文化に寄り添う設計と言えるだろう。

ここまで述べたことを実現することはとても難しく、要求される事項によってはどうしても組織文化と共存できないものがあるだろう。経営管理を設計する人には、「組織文化と共存する経営管理は理想であり、必ずしも実現できないものと認知しつつも、それを追い求めていく」という、求道的な姿勢が求められる。

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