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「紙」の偉大さはデジタルに宿るか - 経営管理のデザイン論

アナログで行っていた業務をデジタル化したい、伝統的な手法で行われていた業務を効率化したい、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組みたい。これまで「紙」を用いることを前提として設計された業務をデジタル化したいという要望を寄せられることがある。

このような要望に答えて業務を観察してデジタル化をすすめると、敵視されている「紙」が多種多様な機能を兼ね備えていることを実感する。
しかしながら、紙を使った業務に慣れている状況だと、紙が持っているあまりにも多い機能に改めて気がつく機会は少ない。紙はいたずらにその能力を主張してくれない。従って、これまでの業務をデジタルデータに統一することやSaaSに置き換えた後に(つまり紙を失った後に)、それらの機能に初めて気がつくことが多い。

このnoteでは、紙がどのような機能を持つのかについて、個人的に着目している6つの特徴を解説する。当然ながらこれらの特徴は、紙が持つ機能を網羅的に説明するものではない。紙は、今回紹介する機能以上の機能を備えているものとして取り扱うべきものだ。

記述方法として、①紙の持つ機能を解説の上②その特徴を解説して③その機能を有するSaaSを紹介する。

紙が有する6つの機能

機能1.情報保存場所

機能
紙自体が、情報を保存・保管する場所となる。

特徴
紙面に記入された内容・印刷された内容は、社内で管理したい「情報」となる。社内における情報のありかを正しく表現しようとした時、それらの情報は「それが書かれた紙面上」にあると言えるだろう。
( ex. 所定の引き出し>一番上の段>ラベルをはったファイル入れ>その書類)

記入された情報を必要とする人は、その紙を探索して手に取り、紙を見ることで情報を確認する(機能2.ディスプレイ)。

業務上の対応
紙が活用されている業務を理解する際に、この特性に着目して、紙に記載された情報がその後の工程でどのように利用されているのかに注目したい。

すなわち、情報が記入・印刷された紙は、どの業務上で情報が参照されているのか、情報の参照をする際で検索しやすくするためにどのような工夫がされているか(あるいはされていないのか)について観察しよう。

紙面上にある情報を後工程で参照・活用する場合、その情報をデジタル化しておく工程が必要になる。

同一の機能に着目したSaaS
データ保存場所になるサービスが該当する。
・クラウドストレージ(Box,Dropbox,Google Drive)
・ストレージ上の表計算ファイル・ドキュメントファイル
・データベースサービス(Salesforce,Kintone)

機能2.ディスプレイ

機能
紙自体が、ディスプレイとしての機能を有している。

特徴
紙が優れている点として、紙に記載されている情報の閲覧が、実に容易い点だ。紙面の確認が必要な作業に紙の形態は実に適している。

デジタルデータをPC上で閲覧しながら作業を行う場合を想定すると、相対的に紙の優れた点を理解しやすいだろう。例えば、作業に用いるデジタルデータを表示するディスプレイを広くしたい・増やしたいと思ったとしても、金銭的・時間的なコストが必要となる。

対して紙を用いるのであれば、情報が記載された紙を複製(もしくは印刷)すれば、情報が表示されている紙面は印刷した分広くなる。それにかかるコストはごくわずかだ。
複数枚を予め手元に用意してめくる時の視認性の良さ・情報の切り替えのはやさをデジタルデータで実装することは困難だ。

業務上の対応
紙面を用いる業務を観察して、視認性、複数情報の一覧性、複数枚にめくる場合の情報の切り替えの速さにどれだけその業務が依拠しているか確認しよう。

例えば、紙で受け取った請求書を会計ソフトに入力する作業を想定しよう。
これまでの業務上、作業者は机の上に請求書の束を作り、それを1枚ずつめくりながら会計ソフトに入力しているとする。
この作業に対して、今後は請求書は紙では受け取らず、全てPDF形式で受領するとしよう。

受取書式だけ変更を行ったとすると、その後も変わらず、作業者は請求書を1枚ずつ閲覧しながら会計ソフトへの入力が必要だ。
その場合、紙の束を1枚ずつめくりながら見る体験と同等以上のデータを閲覧できる環境を作業者に提供しない限り、作業者にとって入力作業は不便になるだろう。

紙面の視認性のよさに依拠した業務をデジタル化する場合、入力代行を導入する・精度高いOCRスキャンを有したソフトを導入するなど、そもそもその業務自体を社内から消せないか検討したい。

同一の機能に着目したSaaS
対象とする紙が書類だとすると、複数書類の一覧性を良くするサービス・1つの書類の一覧性を良くするサービスが該当する。
・クラウドストレージ
・ドキュメント管理ツール(Scrapbox,Confluence,esa,Kibela)
・ストレージ上の表計算ファイル・ドキュメントファイル

模造紙などの代替を考える場合は、BIツールの機能を持つことがある。

機能3.タスク管理

機能
紙は物理的に存在することで、紙に基づくTodoの存在を作業者に示唆する。

特徴
朝出社した時に、自分の机の上に置かれた「紙」によって、その日に行わなけなければならない作業を理解した経験はないだろうか。特定の書類に限定されず、手書きのメモや付箋も同等の働きをする。「紙」が物理的に存在することで、タスク管理機能の役割を果たしているケースは多い。

紙内に予め印刷された枠は、完了していないTodoを示す効果もあり(機能4.作業場所)、紙面を用いた業務デザインにおいてTodoを示す手段は暗黙的に複数個用意されていることが多い。

業務上の対応
紙面の存在をもってTodo管理を行っている業務をデジタル化する場合、別の手段でTodo管理機能を設けたい。
書類をデジタルデータに変えるだけでは、確実にTodo管理機能が不十分になる。なにも手当がない場合、紙を用いた作業を実施していた時代ほど円滑に業務を行うことは困難となるだろう。

Todo管理機能は大きくわけて、進捗管理機能・リマインダー機能・通知機能の3つを兼ね備えているため、それぞれどのソフトウェアで行うか確認したい。

同一の機能に着目したSaaS
Todo管理ソフトは本文中で挙げた進捗管理機能・リマインダー機能・通知機能を全て有している。一部機能をもつものとしてカレンダーソフトも活用できる。
・Todo管理ソフト(Trello,Jira,Asana)

機能4.作業場所

機能
紙それ自体が1つの作業場所になる。

特徴
特定の用紙に情報を書き込むことを伴う作業をやる際には、(当然だが)紙面で作業を行う。紙面は作業場所として実に多機能だ。

紙に予め印刷された枠や文字は、入力作業をする場所を定義する。それらの枠や文字は、時に、複数の作業の手順を効率的に示す治具としても機能する。適切にデザインされた紙面は、効率良く情報を入力・格納できる箱として機能する(機能1.情報保存場所)。

作業者によって紙面に情報を入力する作業時、筆記用具さえあれば、(数字、文字列、日付などの)想定されている「型」の制限を受けることなく、作業者によって自由な書式で情報が記入される。
予め用意されている枠に囚われず、紙面のどんな箇所にも自由に情報を記入することができる。例えばダブルチェックをする時のチェックマークや、情報記入時の補足情報を、空白箇所に記入されることがある。

従って、紙面が完全な作業場所としてデザインされていなくても、作業者の器量で補える点も特徴の1つだ。

業務上の対応
入力場所をシステムやデジタルデータ(表計算ソフトが代表例だろう)に残す場合、紙面に自由に記入されている例外処理に注目したい。それらは、書類が予め規定してたデータ格納場所とデータ型では対応できなかった結果記入されたものだ。

入力画面をデザインする時に予め入力場所を用意しておくか、入力画面と別途自由書式が入力できる場所(ドキュメントツールかチャットツール)を用意すると良いだろう

同一の機能に着目したSaaS
型が規定されたものを記載する入力フォームと、例外処理を書くための自由記述機能があるツールの両方の機能に着目したい。
1)入力フォーム
・表計算ソフト
・データベースサービス(Salesforce,Kintone):入力フォーム機能
2)例外処理記載用
・ドキュメントソフト
・チャットツール(Slack)

機能5.情報単位

機能
業務上で使われている紙は、1つの情報単位を形成している。

特徴
請求書や契約書などの、組織外部とやり取りを行うための形式化された書類を考えるとわかりやすい。これらの書類は、複数の情報を織り込んだものを印刷(時に押印等)をすることで、作成される。複数の情報をまとめて1つの情報単位(請求書1枚、契約書1枚)を形成する。

業務上の対応
社内用に作られた書類を用いる業務を対象として業務再構築を考える上では、「書類」の取り扱い方に注意したい。記載されている情報を(仮に本来一緒にする必要がなかったとしても)複数個束ねて記録されている紙を、書類名をつけられて扱われることで、それらの情報が一体不可分として捉えられてしまうことがある。

場合によっては、書類に対して一種の神格化がされる(機能6.権威付け)ことで、デジタル化を行ったとしても、その情報郡を分割して整理することが憚られることがある。書類を各種情報を記録・保存する場所(機能1.情報保存場所)として割り切って扱うことで、それぞれの情報について保存する場所を検討する姿勢が望まれる。

同一の機能に着目したSaaS
単純な、書類をデジタルデータに転換する視点に立つ場合、それらを作成するツールがそれに該当する。
・帳票作成ツール(freee,MFクラウド請求書,board)
・クラウド契約書ツール(クラウドサイン)

機能6.権威付け

機能
紙はその外見により、一種の権威を持つ。

特徴
綺麗に印刷された書類や、良い紙質の書類、判子が押された書類、万年筆によりサインされた書類は、見るだけでそれが正本であることを主張する。同じく、コピー用紙にコピーされた書類は、その外見で自身が複製であることを主張する。

綺麗に扱われる外見の紙面は疎かに扱われることが少なく、見るからに捨てて良さそうな紙はその通り扱われる。

業務上の対応
権威付けに合理性がある場合は、デジタル化後もそれを踏襲したい。

権威付けされている書類を用いる業務をデジタル化する時に、粗雑で、無骨で、見た目が悪いデジタルデータの代替案を作ったとしたら、従前その業務に携わっていた人から白い目で見られることは避けられない。

特に会社の名前・サービスの名前を冠して外部に提出されるドキュメントをデジタル化する場合は、細部までこだわってデザインしよう。

同一の機能に着目したSaaS
デジタルデータであっても、資料の見た目の良さは一種の権威を生む。
資料作成ツール・デザインツールは権威性を生むために活用できる。
・資料作成ツール(Canva,Google Slides)

容易なデジタル化とそうでないデジタル化の違い

これまで紙が有する機能について述べてきた。最後にこの機能たちに着目して、紙で行っていた業務をデジタル化する工程について述べよう。

紙作業のデジタル化とその難易度

紙で行っていた業務をデジタル化する過程で行われる作業とはどのようなものだろうか。

従前に、情報保存場所(機能1.情報保存場所)や作業場所(機能4.作業場所)として紙を用いていた場合、紙の使用を止めると、業務の一連の流れから紙が担っていた場所が空くことになる。空いた場所にデジタルデータで構成した別のパーツ(時に業務用のシステムを指し、時にExcelやSpreadsheetなどのデジタルデータを指す)で穴埋めすることになる。

業務からそのパーツを簡単に取り外していいものか、そもそも簡単に取り出せるのかについて、対象とする「紙」ごとに難易度が異なる。切り取りやすさの点からすると、紙が有する複数の機能を、主として何個利用しているかに着目すると判断しやすい。

紙が有する単一的な側面のみ着目したデジタル化は容易だ。例えば会議開催時に紙により配布された書類をデジタルデータに置き換える場合を想定しよう。この場合、紙は情報を見るために(機能2.ディスプレイ)利用され、多くの配布された書類は会議後に廃棄される。仮に見るためだけに消費されているとのコンセンサスが取れていれば、それを手元のPC上で見るように業務を再設計することは容易だろう。

対して、紙に関する複数の機能を利用している業務ほどデジタル化はしにくい。特に、紙の有する複数の機能が業務に密に有機複合的に組み込まれている場合、紙を業務から引き離すことはとても困難になる。先に上げた会議上で配布される紙の例にしても、その紙が、会議上での発言をメモする用紙として機能(機能4.作業場所)していたならば、その配布を止めることに対して、反対意見があがるだろう。

業務との切り離しやすさをどのように考えるか

紙が持つ機能のうち、複数機能を利用しているかどうかは1つの判断基準として使えるだろう。これ以外にも、業務に対してどれほど密接に紙が関わっているかを確認したい。

機能1つ1つが業務に対する接合点だとすると、その接合点が複数あればあるほど業務に密に関わっているといえる。

もう一つ着目したい点として、業務に接合した機能は、どれほど業務に関わっているだろう。接合点の「数」ではなく、「質」について検討しよう。
その機能が、粘性高く業務に有機複合的に絡みついている場合、その癒着を剥がすのは難しい。

業務に対する接合度(粘性)を測るためのポイントを3つ掲げる。

1. 暗黙知に依存しているか
紙の利用方法が個人の暗黙知に依存している場合、その業務のデジタル化はとてもむずかしい。紙が作業場所として利用されているとして、どのように利用するか、その人自身も言語化できないケースがある。

業務の観察と作業者のヒアリングを通して、暗黙知を形式知に変更してから業務デザインを行うべきだろう。

2. 学習効果によりどの程度最適化しているか
鉄道会社のチケット売り場で、タッチパネル型の端末を効率よく操作する駅員の動画をみたことはあるだろうか。一見昔ながらのシステムであっても、習熟した人にとってはとても使いやすい環境になっている。紙のデジタル化についても同様であり、紙で設計された業務が(その業務だけ部分最適化の観点で評価すれば)高い水準で効率化されているケースもあるだろう。

慣れない新しい環境を用意した時には、一時的には効率性が著しく落ちる。現在の業務設計がなされてから長年経過して、人によって作業が最適化された後に設定された標準作業時間を前提として人員数が予定されている職場の場合、その業務のデザインはとても変更しにくいものになる。

3. 業務への関与人数が多いか
業務を切り替えた時に影響を与える人数が多ければ多いほど、その業務の切り替えは難しい。特に組織外部の人間が関与する場合は、その外部の人間が、切り替えに対して制約条件となってしまうことがある。

取引先との契約を電子契約に切り替えられる場合は、電子契約に応じてくれる取引先がいる場合に限定される。取引先が紙を用いた業務を行いたい場合は、それをデジタル化することはとても難しいだろう。

仮に紙が有する単一的な機能のみが使われていたとしても、紙であることを求める人がいればいるほど、切替は難しくなる。

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