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水田稲作は地球にいいの?悪いの?

バイエルのCEOがダボス会議で水田をメタンの排出源として指摘し乾田化の必要性を指摘したという情報に対して、一方的に水田稲作を攻撃されていると受け取った方が多数いらっしゃいました。そこで、一体どういう背景があるのか、基本的なことを共有します。


水田稲作はメタンの発生源

水田稲作は日本で約2000年にわたり行われ、主食となっています。水田は湿潤温暖な気候にマッチした食料生産システムですが、水田はメタンの発生源です。これは事実です(※風評被害になる、伝統農業批判になるからメタンの話をしないでほしいという方もいらっしゃいますが、水を張り、酸欠になれば仕方のないことです。オナラにメタンが含まれるのと同じです。)。温暖化の議論において、数十年前からとくに欧米から批判にさらされてきました。農業でもう一つの発生源はウシのゲップです。反芻動物は4つ胃を持ち、嫌気発酵微生物の働きで分解するためです。ウシには牛糞を落とすことで土壌が改良する効果もありますが、メタン排出のデメリットもあります。水田も家畜も昔からある農業のはずですが、人口増加とともに過去数百年で急激に増えたことで環境負荷を高めてきました。温暖化の責任を、アジアの水田の責任にしたり、欧米の肉食文化に押し付け合いをするのではなく(というか、アジアも肉食化しつつある)、お互いできる限り排出削減をしていく必要があります。

奈良女子大学HPより

水田のメリット・デメリット

そもそも、水田とはどのような特徴があるのでしょうか。一面だけで議論してもらちがあきません。以下に整理します。

メリット1:連作でき、多収。乾燥湿潤のサイクルによって微生物群集が入れ替わるため、畑のようにカビ(特にフザリウム)が増殖し続けるということがなく、連作障害がない(毎年収穫できる)のが最大の魅力です。安定した収穫によって世界人口半分の主食です。メリット2:雑草が相対的に少ない。あくまで畑との比較ですが、湛水によって雑草をヒエなどに制限することができます。メリット3:還元的になることで酸化鉄が溶解することで吸着していたリンが放出され、窒素固定微生物の働きもあり、肥料を畑よりも少なくできるメリットもあります。メリット4:灌漑水によってカルシウムなどを補給できるため、酸性を中和する効果もあります。メリット5:好気的な微生物の分解活動が抑制され、土壌有機物が蓄積する(炭素蓄積)。多面的機能として、メリット6:貯水ダム効果(洪水緩和)、メリット7:水田特有の生物多様性の存在もあります。メリット8:かつて、ドジョウやフナなどの漁撈も水田でできたといいます。

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デメリット1:水を多く消費します(1キロの米を作るのに2400リットル。トウモロコシの3倍。)。デメリット2:(特に水田の小さい日本では)用水路、排水路の維持が大変です。6000億円もの経費、労働力を将来にわたって維持できるのか、不安があります。デメリット3:メタンを多く放出します(メタン生成古細菌が酢酸や二酸化炭素を利用)。デメリット4:収益性の低さ。コメの消費量が年700万トンを割り込み、今後さらに人口減少してしまいます。生産コスト削減でスケールメリットが出し切れず、収益が多く見込めない現状です。大規模経営が不可欠です。デメリット5:重金属の問題。酸化条件ではカドミウム吸収(鉱山やリン肥料由来)、還元条件でヒ素吸収(鉱山、土由来)が増加します。コシヒカリ環1号、あきたこまちRが登場した理由の一つがここにあります。

乾田化してきた日本の水田

日本では約2000年間、同じように水田稲作が行われてきたと思いがちですが、戦後、水田の乾田化(水は張りますが、抜く時期は抜くようになった)が進められてきました。中干しには根張り促進、過剰な分げつ(イネ科特有の増殖プロセス)抑制効果もありますが、農業機械が入れるようにすることも重要な目的でした。副次的な効果として、湛水によって還元的になりすぎる問題を緩和できました。還元的になりすぎると、鉄が溶解して失われ、さらに硫酸が硫化水素になってしまうと根を傷め、稲が枯れてしまいます(秋落ち)。土が還元的になりすぎると、メタンの排出も高まります。日本海側の砂質土壌で深刻でした。
 近年の乾田化はまた一味違います。乾田直播(水を張らずに播種する)を目指しているのです。実現すれば、育苗、田植えという手間を減らすことができる点で画期的です。水を張る場合でも、育苗をスキップできる鉄コーティング種子、ベンモリ(べんがらモリブデン)コーティング種子という播種技術も増加しています(これは同業の研究者の発明。尊敬しています。)。種子を重くすることで定着を良くし、モリブデンを添加することで硫化水素の発生を抑止できます。農業技術も進歩、変化を続けています。

メタンを削減する技術の開発

なぜメタンが注目されているのか?というと、大気中での二酸化炭素の寿命(50-100年)よりもメタンの寿命(12.4年)のほうが短いことが挙げられます。即効性のある温暖化対策になることが期待できるのです。「水田は悪くない、悪いのは工学セクターだろう」と思われるかもしれませんが(私も思いますが)、できるところから削減するのが原則です。排出量取引(炭素クレジット)で農業の価値が高まるのもいいことです。中干しだけでなく、落水を何度もすることでメタン発生を抑制する技術が開発されています。手間はかかりますが、収穫量への影響は限定的です。
 乾田化の意義には、節水への期待もあります。南アジア(インド)、米国では、地下水の枯渇が問題となっています。水田が多くの水を必要とするためです。乾田化には、亜酸化窒素の発生を高めるデメリットもあります。メタン排出削減と亜酸化窒素排出の条件が重なるためです。それでも、メタンを削減する効果の方が大きいという研究成果が多いです。

追記:乾田直播は省力化の意義が大きく、湛水に移行できるので、メタン削減は限定的だと稲作のプロ&Youtuberの徳本さんから教えていただきました。

バイエルCEOの思惑と日本のあり方

乾田化すれば、水田稲作のメリットが減るのは覚悟しないといけません。長期的には水田稲作よりも肥料が多く必要になるでしょう。特に湛水下で溶出していたリン酸。火山灰土壌であれば、とくにリンの施用を増やす必要があります。雑草対策も必要です。除草剤の需要も増えるはずです。バイエルとしては自社製品であるグリホサート(ラウンドアップ)を利用するチャンスが増えます。水田のメタン削減と自社製品のセールスが両立できる機会を活かさない手はありません。バイエルのCEOが一方的に日本の伝統的な水田稲作を攻撃していると解釈している方々も多いですが、会社のCEOとして当然の振る舞いです。彼は彼の仕事をしています。アジアには水田が多くあり、乾田化する地域では除草剤耐性の遺伝子組換えイネ、除草剤の出番があると考えているはずです。好き嫌いはあっても、アプローチの一つとして研究開発が進むことになると思います。国内では愛知県農試がモンサント社と除草剤耐性の遺伝子組換えイネの開発を行っていましたが(1996年~)、多くの反対にあい中止しています(2002年)。日本では遺伝子組換えよりも、雑草対策としての輪作、肥料節減に向けての微生物資材(マイコス米)などの導入・検証が始まっています。乾田化でメタン排出は減るとして、土壌有機物は?酸性化は?多面的機能は?考えないといけないことは多くあります。どの農業技術がベストかは地域によって、時代の要請によって、個人の好みによって変わるのですが、決めつけず、データを集め、議論していくことになると思います。

参考文献


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