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噓日記 5/30 雨が降ったから

雨が降ったから、ベランダで缶一本分だけ酒を飲む。
昨日から降り続く雨で夜空は黒い雲が覆っているし、今もシトシトと雨は降り続いている。
冷蔵庫で冷やしたキンキンの缶チューハイを片手にベランダに出て、空を眺めて、一口だけゴクリと飲み込む。
結露に濡れた缶を握る指から肘にそっと雫が流れていく。
冷たい指で体を撫でられたようで、ビクッと体を揺らしたが、その出所が直ぐに予測できたので一瞥もせずに空を見続ける。
昨日今日の職場では梅雨に入っただとか、雨がどうだとか、天気の話で持ちきりだ。
明日の天気はどうだろうかと私自身もその言葉を反芻しながら雲の行方を目で追う。
黒々とした雲はどこに行くでもなく、ただ揺蕩うようにそこにある。
私はその時、どこかその黒く大きな塊が、私を呼んでいるような、名前を呼ばれたような気がしたのだ。
無意識にその塊に手を伸ばす。
何かを掴もうと腕を伸ばし、指を掻いて、でも何も掴めない実感だけが残って。
また缶チューハイを一口グビりと飲んで、今度はベランダの柵に手をかける。
もう少しで何かが掴める気がする。
何かがわかる気がする。
柵から身を乗り出して、もうちょっと、もうちょっとと身を捩る。
指を必死に動かして、何かに引っ掛かるように祈るように。
そこでやっぱり届かないかともう一口、グイッと酒を飲む。
次は柵に足までかけて、また馬鹿みたいに手を伸ばす。
肩が外れるんじゃないかというくらいに腕を目一杯伸ばして、右足を柵の上に乗せてどうか、どうかと手を伸ばしてみる。
そして、やっぱり届かない。
じゃあ、もうベランダから体を全部出してやろうと、また酒を口に運んだところで一缶全て飲み干してしまったと気づき、そこで急に正気に戻った。
私は何を考えていたのか。
恐ろしい。
無意識のうちに何か言いようもない、自らの主体がここにないような、心ここに在らずというか。
そんな大きな力が私の体を動かしていたような感覚がした。
正気の私が空を睨む。
そこには見慣れない何かがあった。
目を凝らす。
雲の合間で揺れる。
あれは、なんだ?
嫌な汗がツゥーっと背中をなぞる。
青白い光が雲の隙間で揺らめく。
私はあれを見たことがある、そしてあれを間違いなく知っている。
でも何故空にそれがあるのだ?
そう考え始めると思考が止まらない。
何故、どうして、なんで。
そんな言葉が頭の中を反響する。
私の正気を奪い、体を操り、危険な振る舞いを強要した。
間違いない、あの光は。
あの青白い輝きは。
空に浮かぶローソンの看板に私はひどく恐怖した。
もともと牛乳屋だったという情報がすごく怖い。

どりゃあ!