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嘘日記 3/23 料理

初めて料理をした。
私は、男子厨房に入らず、と育てられたため調理の技能が一切成長していない。
男子厨房に入らずの本当の意味は他人の領分を侵すなということなのだが、幼い私は文字の通り厨房に近付かなかった。
家庭科の授業は全て見学し、ついでにプールの授業も全て見学した。
そうして出来上がったのがもやし炒めもまともに作れぬもやしっこであり、今の私である。
こんな大人になるくらいならば、せめてプールの授業は出ておけばよかったと猛省している。
誇ることではないがそこらの小学3年生を連れてきてお料理バトルをしたらおそらく敗れる。
水泳でもきっと敗れる。
今の私は自意識ばかりが成長し、頭でっかちになってしまった。
さながら豆もやしである。
そんな私が今日、厨房に立った。
正しく昨日の己を超えるために。
初体験に些かテンションが上がった私は鼻歌まじりにガスコンロと対峙する。
フライパンを温め、サニーサイドアップを作る。
日本語では片面焼きの目玉焼きというのか?
西海岸育ちだから何も分からない。
伊豆半島の西海岸にはまだまだ日本語が普及していない。
まず、フライパンに適当な量の油を入れる。
リクシルにはそう書いてあった。
クックパッドにもそう書いてあった。
料理人とは凄いものだ。
適量という投げやりな問いに自分なりの答えを用意するのだから。
料理をまともにしたことがない私にとって、その問いはどんな問題よりも難しかった。
こちとら口内調理しかしたことがないもんで。
本当に適当な量の油を入れた。
なんならよそ見しながら入れた。
だって、正解なんて私の中には無いのだから。
その油を熱し、中央に卵を落とす。
卵がどんどん揚がっていく。
これが俗にいう揚げ焼きか、と感動していたらその瞬間。
卵が、弾けた。
パン! ともドン! ともつかない湿った爆発音が部屋に反響し、弾けた卵が伸ばした前腕辺りに飛んできた。
熱い。
それはもう今まで感じたことがない熱さだった。
粘性のある高温の物体が腕にまとわりつく恐怖は生まれて初めて経験した。
真っ赤に火傷した腕を水道水でどうにか冷やし、ピリピリとした感覚を無理やり押し殺した。
こうして、私の初めては失敗に終わった。
爆発した卵と油で汚れたキッチンを拭き掃除しながら私は一人小さく泣いた。
己の無力と向き合うその瞬間を私は料理と呼ぶ。
今日、私は初めて料理をした。
腕の火傷痕には明日、ワンピースのハンコックのタトゥーを彫ってもらおうと思う。
この"料理"を忘れないために。
そしてそのタトゥーを旗印に各出版社にカチコミをかける。
適量やめてください、と。

どりゃあ!