見出し画像

噓日記 6/28 舐めんなよ

今日は暇で暇で仕方がなかったので、近所の公園まで鉄棒を舐めに行った。
鹿などは線路を舐めて鉄分を補給することがあるという。
実家では馬だ、鹿だと人間扱いされなかったこともあり、基本的にメンタリティがケモノとして醸成されている俺にとっては、そんな動物たちの振る舞いをトレースすることが一種の精神安定剤的な役割を果たす。
また、最近は路肩の無人で売ってるきゅうりくらいしかまともな物を食べていないので、極限に近い飢餓状態に陥っていることもあり、身体のバランスを保つためにも鉄分を摂取することが急務だったのだ。
きゅうりの食べ過ぎで身体は鈴虫のように痩せ細り、ついでにすぐに思考をトレースしてしまう悪癖もあってメンタリティも鈴虫に犯され始めた。
世にも珍しい獣のメンタリティと鈴虫のメンタリティを共存させるヒトが今の俺だ。
公園の鉄棒は良い。
ミネラルが多分に含まれている。
近所の児童たちが学校で習った逆上がりの練習にでも使ったのだろう、長いこと皮脂で侵された鉄棒は黒々と酸化し、ところどころに茶色い錆がついている。
言わばこの錆びた鉄棒は、近隣の運動音痴児童たちの手垢によって今日の形へと変容したのだ。
彼、彼女たちの魂ごと俺は今日鉄棒を喰らう。
いや、ねぶる。
サイドの支柱には目もくれず、まずは支柱に繋がる棒の根本あたりの鉄に軽く唇でチュッとキスをする。
最初で最後の口付けは冷たい死の味がした。
そこからはもう興奮というか背徳感というか、俺自身でも制御が効かないほどに鉄棒をねぶることに夢中になった。
かつて犬の死因一位になったこともあるフィラリア。
それと少し名前が似ているフェラチオ。
それが奇しくも鉄棒ねぶり人間の死因一位になるとはこの時、俺は考えもしなかった。
啄むように、舐めとるように、包み込むように。
顎の間に確かに存在する鉄棒の太さに思わずたじろぎながらも、目を閉じ、眉間に皺を寄せながらその勇ましい棒に愛撫を重ねる。
もはや鉄棒は鉄棒ではなかった。
俺の唾液となにか鉄棒が分泌する体液のようなものでヌラヌラと赤黒く屹立している。
鉄棒ではない、肉棒でもない、これは欲望だ。
児童たちの若き血潮が手垢となって、再び俺の体を巡る。
止所ない業の円環が、夕暮れに沈む公園を茜色に染め上げている。
鉄棒、好きだよ。
俺は最後に、誰に伝えるでもなく、誰に向けるでもなく、そっと呟き公園を後にした。
両手はポッケに入れたまま、見上げる先は斜め上、沈む夕日を背中に受けて、見据えて行くは明日の空。

以上が私の祖父が昨日死ぬ直前に残した日記の全文である。
彼の死因はフィラリアだった。
あと、普通に衰弱。

どりゃあ!