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噓日記 7/27 思い違い

思い違いなんてことは誰しもが経験することだと思う。
自分の考えることが常に"正しい"に寄ったものだという小さなバイアスが俺たちの思い違いを加速させる。
もしくは。
俺たちの中の一種の拒否反応や防衛本能が催眠的に作用してそうさせるのかもしれない。
今日はそんな思い違いの話をしていこう。
俺がガキの頃、母親が入院する都合で父親1人では手に余るということもあってか田舎の祖父母の家に2週間ほど預けられたことがあった。
まだ小学校にもギリギリ入学していない頃で、遊びたい盛りだったこともあって俺は嬉々として田舎へ連れられて行ったのを覚えている。
祖父母宅は正に田舎らしい日本家屋で、広い平屋の母屋に離れがあり、敷地内には土蔵も建っていた。
俺の住んでいた借家と比較してその広さに面食らったものだ。
俺を預かる祖父母は良く言えばおおらかな田舎らしい感覚の持ち主で、悪く言ってしまえば放任主義者だった。
それもそのはず、連れてこられた初日、家に入る前に近所を少し案内したかと思えば5時にチャイムが鳴るからそれまで外で遊んでこいと言い放って幼稚園児をその辺に置いていくのだから。
いくら遊びたい盛りといっても見知らぬ場所を彷徨いて戻れない恐怖心には勝てず、近くの家を一軒ずつ見て回ったり、田んぼの畦を眺めてみたりしたもののさほど時間を潰せなかった。
子どもだったので時計や携帯電話もなく時間を把握する手段もなかったため5時までの残り時間も分からず無性に不安になった。
まるで時間の進まない場所にいるかのようだった。
俺は急いで駆け出し祖父母宅まで戻った。
母屋の戸を開けて、土間で靴を脱ぎ、恐る恐る廊下を進んでいく。
木でできた廊下はキイキイと鳴き声を上げるものだから子ども心に何かに追われているような錯覚がして少しずつ歩を進めるスピードを上げる。
半ば駆け抜けるように廊下を進むと、テレビの音が聞こえる部屋があるものだからきっと祖父母がそこに居るのだろうと襖をカッと開け放った。
そこには、知らない老夫婦がいた。
俺も老夫婦も硬直して数瞬、互いに顔から目が離せなかった。
老夫婦の夫が口を開く。
「君は渡会さん家の子かい?」
俺はその言葉にコクコクと頷くと老夫婦は安心したようににこやかに笑って、そうかそうかと呟いた。
祖父母の元へ連れて行ってくれると言う老夫婦は、俺の手を引いてキイキイとなる廊下を進んでいく。
土間で靴を履かされ、屋敷から出て土蔵の方へと俺を引っ張っていく。
何かがおかしいと俺も思い始める。
まさか、誘拐ではないのか?
そんな思いが巡り、泣きそうになったその時だった。
土蔵から祖父母が出てきた。
祖父は驚いたように駆け寄ってくると口を開く。
「〇〇さん、えらいすみません。どうされました?」
老夫婦の夫が言う。
「君のところのお孫さんが母屋の方に来てたからお連れしたよ」
祖父はそれはもう難しい顔をして言う。
「それは、それは……えらいすみません」
俺は思い違いをしていた。
祖父母の家はあの母屋じゃない。
この土蔵だったのだ。
あの夫婦から土蔵を借りて生活していたのだ。
俺はまさかそんなことはないだろうというバイアスに騙されてすっかり信じきっていた。
祖父母よ、せめて離れを借りてくれ。

どりゃあ!