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暗いミッドサマー、あるいはその逆。絆とかいう呪いについて。『へレディタリー/継承』感想

おつかれさまです悪霊です。

こないだ『ミッドサマー』って映画を見たんですよ。

そのあと感想喋ったりしたんですけど、個人的にはどうもしっくり来てないというか、受容しきれていないようなところがあってですね。

で、同じ監督の手掛けた作品観たらもう少し理解できるかな……とか思っていたのですが、そしたら前作にあたる『へレディタリー/継承』がちょうど上映してるってんで観に行った次第です。

(にしてもアレコレ上映延期になってるからって代わりにヘレディタリー4DXだのミッドサマー完全版だのってのはもう少し何か無かったんですかホント)

そんなわけで、前置き長くなりましたけど、感想始めていきます。

1.あらすじ

この家族の物語は、あなたの永遠のトラウマになる。

グラハム家の祖母・エレンが亡くなった。娘のアニーは夫・スティーブン、高校生の息子・ピーター、そして人付き合いが苦手な娘・チャーリーと共に家族を亡くした哀しみを乗り越えようとする。自分たちがエレンから忌まわしい“何か”を受け継いでいたことに気づかぬまま・・・。

やがて奇妙な出来事がグラハム家に頻発。不思議な光が部屋を走る、誰かの話し声がする、暗闇に誰かの気配がする・・・。祖母に溺愛されていたチャーリーは、彼女が遺した“何か”を感じているのか、不気味な表情で虚空を見つめ、次第に異常な行動を取り始める。まるで狂ったかのように・・・。

そして最悪な出来事が起こり、一家は修復不能なまでに崩壊。そして想像を絶する恐怖が一家を襲う。
“受け継いだら死ぬ” 祖母が家族に遺したものは一体何なのか?
(公式サイトより引用)


2.よかった、よくはなかった

■よかった

・どこまでが現実か酩酊させる構造

・恐怖を煽りまくる役者の熱演

・不快感を与え続ける音

■よくはなかった

・急加速する終盤

・芸風の既視感


3.くわしく

先に印象を述べておくと、『ミッドサマー』よりこっちのが観易かったです。

優劣とかではなく、こっちはまだホラーやスリラーの文法に乗っかっていたので、ある程度傾向について覚悟が出来てたのは大きいですよね。

半面、次にどんな展開が転がって来るのか分からない不安感が最後の最後まで続く『ミッドサマー』に比べて、文法に乗っかってる分、謎の安心感を持って観てしまったのは完全にやっちゃったなあ…と思いました。自責点。

という訳で、ポイントごとに書いていきますね。


・どこまでが現実か酩酊させる構造

主人公として行動する一家の母、アニーが精神的に不安定かつ夢遊病という設定の為、作中で起こる不可思議な事象のどこからどこまでが現実に起こった物事なのか分からない、というのがかなり効果的に使われており、不思議な酩酊感が常に付き纏うのがまあ怖い。何処から恐怖に殴られてもおかしくないばかりか、殴られた後に「実は殴ってませんでしたー」と状況を巻き戻す、というのもテクニックとして使ってくる為、片時も油断できないまま終盤まで引っ張られて行くのがとても巧妙だなと感じました。

あ、同様に恐怖に苛まれる一家の長男ピーターについても似たような構造になってますね。まあこっちは単にラリってるだけですが(アニーの性質も受け継がれているのでしょうけど)。この監督ホントおハーブ好きだな?


・恐怖を煽りまくる役者の熱演

この顔である。

いやもうアニー役のトニ・コレットがひったすらにヤバい。人間の表情筋可動域の可能性を感じずにはいられない絶望の表情や耳に残って離れない絶叫、それとは逆の静かな怯えやすすり泣きまで、見ているだけでこっちが精神的に不安定になってしまいそうなほど

この間観た『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館』にも出演されてたんですけど、皆がやけに怖い怖い言ってたのはそういう事だったのかと……。


そしてこの顔である。

トニ・コレットがならミリー・シャピロが

トニ・コレットがならミリー・シャピロが

本作随一のキーパーソンである一家の娘チャーリー、この独特の佇まいがまた怖い。特段何か奇矯な振る舞いをする訳でもないのに、その物静かな一挙手一投足が怖くて目が離せません。だからこそ、この後話す要素が際立つんですよね。


・不快感を与え続ける音

そう、音ですよ、音。『ミッドサマー』の時も思ったんですけど、この人の作品、本当に全ての音を不快な方向に利用できるんじゃないかと思うくらい音で恐怖を与えるのが上手い。チャーリーが発する舌を鳴らす「コッ」という音が、話が進めば進むほど恐ろしくなっていく……という演出の力には舌を巻きます。舌だけに。

他にも慟哭に同調するような唸り上げる弦楽器、何てことないのに不安感を掻き立てる生活音など至る所で聴こえる音が、観る側を否応なく恐怖の世界に引き込んでいきます。チョコバーの包み紙がクシャクシャと鳴る音さえもが不快で、とてもじゃないが平静では居られない、耳を塞いでスクリーンの前から走って逃げだしたくなります。


そういうわけで全体的に素晴らしく不気味で怖かったのですが、ここからはちょっとどうなのかな、という点。


・急加速する終盤

上記のように懇切丁寧に恐怖を重ねていく訳ですけど、終盤から「あっゴメン!これB級ホラー映画だったの忘れてたわ!今からギア3つくらい上げるね!」とでも言わんばかりに、終盤10分くらいで

・いや何でお前が燃えんねん!

・急な全力疾走からの転倒

・異常な身体能力から繰り出される天井張り付きヘドバン

・唐突過ぎてドン引きな糸鋸ギコギコ

・家のあちこちに現れる全裸中年男性(女性)

・ふんわり飛ぶ首なし死体

・祝え!悪魔王ペイモン降臨の瞬間である!ヘレディタリー完!!

という怒涛の展開。何コレ?

ここまでが巧妙に不条理をとても自然に見せていただけに、この急なアクセルの踏み方は緩急がキツ過ぎて耳がキーンとなる。

別に展開に脈絡が無いという訳ではなく、ここまでの流れや散りばめられた伏線を考えれば行きつくべき所に行き着いた(行き着いてしまった)感はあるんですが、そこまでのテンポからこのクライマックスのコントラストがあまりにも強烈で、恐怖に震え上がるというよりは一周回って笑ってしまったというのが正直なところです。


・芸風の既視感

■ミッドサマー概略

家族を失い悲嘆に暮れる不安定な主人公。本来寄り添うべき恋人とは既に心が繋がっていない。そんな折、親身に接してくれる知人の誘いを受け、主人公は不思議な祝祭に身を投じる事に。

しかし実はそれは知人が属するカルト組織の目標を叶える為のものであり、紆余曲折の果てに周囲の人間を全て失った主人公はカルト組織に取り込まれてしまう。


■ヘレディタリー概略

娘を失い悲嘆に暮れる不安定な主人公。本来寄り添うべき家族とは既に心が繋がっていない。そんな折、親身に接してくれる知人の誘いを受け、主人公は不思議な儀式に身を投じる事に。

しかし実はそれは知人が属するカルト組織の目標を叶える為のものであり、紆余曲折の果てに周囲の人間を全て失った主人公はカルト組織に取り込まれてしまう。

……アレ?

観終わって最初に出て来た率直な感想は「これ、構成物の8割ミッドサマーと同じじゃない?」でした。それこそラスト付近の邪教の構成要素なんかはかなりミッドサマーのホルガ村でのビビらせ方に近く、別にネタバレ観たわけでもないのに謎の既視感ばかりを感じていました。(この人の中で、中年のだらしない裸っていうのは一体どういう象徴になっているのだろうか……)

最初に言った「謎の安心感」というのも恐らくここから来ていて、キャラの立ち位置やそこに絡むカルトという構図が近く、「ああ、コレまたそういう展開だな……」という予想が容易についてしまったのはちょっとどうなのだろう……という感想を抱きました。(伝えたいテーマが一貫しているのは良いことでもあるのでしょうが)


4.まとめ

しっかりねっとりと崩壊した家族とそこに起きる悲劇を描きつつ、その下で蠢くカルトとオカルトを自然に織り交ぜる構成、それを引き立てる可愛くも不気味な美術や不快感を倍増させる音響、そしてそれらを受けて作品を最大限に表現しきる俳優陣と、大反響を巻き起こした事も頷ける作品でした……いやー気持ち悪くて怖かった。

しかし、物語の核となっていた家族の崩壊をスイッチとして、あまりにも急にパワー系ホラーの挙動で終結へとドライブしてしまう終盤は賛否別れる所でしょう。笑うってあんなん

更に、『ミッドサマー』からポロロッカで観てると、構成要素のあまりの被り方に新鮮味が感じられないばかりか、まだホラーの文法上にあるせいで輪をかけて展開の予想がついてしまうのも、こんだけミッドサマーがウケてしまった以上、これから観るならどうしても気になってしまうと思います。

ただ、単品ではあまり理解できなかった『ミッドサマー』、というか監督の思想が『ヘレディタリー』を観る事によって補足され、ようやく納得いくようになったな、というのがありました。双方ともに通底した「家族」や「絆」のようなポジティブに語られる関係性を唾棄する思想や、それらを切り捨てて依存した別の関係性への危険性を表現する事が核であり、「セラピー」だったのかな、と。

実際、インタビューでは、「家族」についてこのように語っています。

答えるのが少し難しいですが……なぜかというと、それはいつも僕の頭の中にある問いだからです。ある意味では、前作の「ヘレディタリー」も今回の「ミッドサマー」も過去に作った短編も、その問いを模索する試みから生まれたものだと言えます。それから、アメリカのポピュラーな映画には「家族が一番。どんなにつらいことが起きても家族がいるから大丈夫。状況が悪化しても、むしろそのことによって家族がひとつになるんだ」という思想があって(笑)。
(中略)
確かにそれは1つの真実と言えるかもしれません。でも僕は知っています。それが必ずしも正しいわけではないということを。悲しみやトラウマが人をひとつにすることはもちろんあるけど、亀裂を生じさせることだってたくさんあります。ですから、ハリウッドのいわゆる「家族が一番だよね」という、すべてが丸く収まるタイプの映画を観たときに「これは自分が経験したことではない」と思い、より孤独感に苛まれる人もいるはずだと感じていました。そして実際、過去にシリアスな悲劇を経験したことのある何人かの方からは「自分の気持ちを高揚させてくれるのは『ヘレディタリー』のような映画です」という感想をもらえたんです。
インタビューより引用)

特に今作はミッドサマーでは早々に退場していた実の家族が中心にある分、この思想がとても強く出ていたように感じます。ヒリつくようなあの食卓の辛さ、凄かったですよね……あそこが一番生々しくて辛かった……。

(このシーンでスマホからピタゴラスイッチのテーマ流したごめんなさいしてくれ)

……ちょっと私的な話をすれば、僕もそういう「幸福な家族」とは微妙に言い切れない関係性の家庭に身を置いていたりしたので、この考え方には共感があります。

「家族の絆」というのは勿論素晴らしいけれど、世の中絶対そういう関係性だけではない。寧ろ、本作で描かれたように、一員が周囲を不幸にする行動を取り、普通であれば瓦解しているべき(そしてその方が幸せになれる)状況であっても、情や法がソレを許さない場合、「家族の絆」は呪いにもなり得るんですよね……。

そういう人間が「家族」について(どんな形であれ)共感を得られる作品だとすれば、確かに得難いものではあるのかも知れません。

(そこまで分かって癒されに行ってる人がこのムーヴメントを作ってるならこの国どころかこの世界相当ヤバいような気がするんですけどそれは)

オカルトの部分も「ペイモン」という分かり易いアイコンからも分かる通り取っ掛かりが掴みやすく、それが本編展開にもしっかり絡んでくる為、調べ甲斐があると思います。ネタバレ考察サイトもあるので、気になったら深堀りしてみると面白いかもですね。

(Zasasってアレよね、ナントカカントカザーザースの……)

そういうわけで『へレディタリー/継承』でした。『ミッドサマー』とちょうど対の関係になっている印象を受けましたので、まとめて観ると良いかも。

にしても4DX上映って何考えてるんですかね。今日(3/27)からですって。

しかし、この人ちょっとブラック気味のコメディ面白く出来る人よね。実際次はダークコメディーって発言してるし、それは絶対観たいな……。


受肉代にします