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雪山に紡ぐセーター 5

雪上にテントを設営する。

大学生の時、よくスキーに行った。ゲレンデで1日スキーを楽しんだあと、テントに戻って寝る。これが自分のスタンダードスタイルであった。
雪山+テント+スキー というと、クロスカントリーのようなアウトドアなスキースタイルを想像すると思うのだが、自分は普通にゲレンデで滑っていた。

高校から大学生にかけて、スキーというスポーツに対して、雪山で滑走体験をするというコンセプトには興味があったが、あの大きな板と棒を抱えて移動する。プラスチックでできたいかついスキー靴を履くということに抵抗があり、スキーをする気にはなれなかった。

ところがある日のこと。「スノーブレード」を見てしまった。
スノーブレードというのはいわゆるショートスキーのひとつのブランドで、60~80㎝くらいの短いスキーだ。金属製の長い棒を持たずに素手で滑ることができる。(棒を持つ派の人もいてます。)さらに、素晴らしいことに、このショートスキーにスノーボード用の靴を付けることができたのだ。デザインもカッコよかった。

「これだ!」

僕はパチンと手を打った。
登山用のリュックの左右側面にスノーブレードを差し込み、スノーボード用の靴を履けば。リュック内のスペースからスキーに関する荷物は極限まで減らすことができる。後は、テント・寝袋を入れればテント泊ができる。
ところが、当時はショートスキーが出始めたばかりで、評判はあまりよくなかった。

・短いのでスピードが出ない。曲がれない。
・安定性が悪く、後ろにひっくり返って頭を打つので危険

などという声が多かった。
一方で、ショートスキーを愛する人たちからは

・長いスキーより小回りが利く
・直滑降ではスピード負けするが、少しでもカーブがあれば、長いスキーにスピード負けしない。
という反論を行い、ネット上の掲示板で議論が行われたりしていた。
(ネットの掲示板という概念、もはや消えかけていますよね・・?
2ちゃんねるなんかは残ってるけど、20年前のインターネットでいう掲示板の概念。若い人にはわからないんだろうな。。。アクセスカウンターとか、キリ番とか。消滅した言葉ですよね。。。)
両論あったが、様々な角度から検証した結果、自分の見通しは正しいと判断してバイト代をはたいて道具一式を買いそろえた。
(最近はリサーチしてないのだが、評判は良くなったのだろうか?)

・テント
・寝袋
・シュラフカバー
・シュラフインナー
・マット
・ゴアテックスのジャケット
・ゴアテックスのズボン
 ・スノーブレード
 ・スノーボード用の靴

スノーブレードを買う前から持っていた装備もあるので、一度に全部買ったわけではないが、合計15万円くらいしたのではないだろうか。テント3万、寝袋3万・・・と計算するとそれくらいになる。

関西の学生がスキーに行くとなると、バスツアーが最もメジャーだった。
夜行バス+リフト券+一泊2日の宿 で2万円くらいだったのではないだろうか?もっと安かったかなあ?ここから宿を抜き、バスだけで申し込む。

深夜のバス乗り場まで電車で移動すると、バス乗り場にはたくさんのバスが止まっている。
自分のバスを探し出し、搭乗手続きをして荷物スペースにリュックを入れてもらう。
あとは、寝て起きればスキー場だ。

ここまで、さも旅慣れているかのように書いているが、実際のところはそんな心の余裕はなかった。特に、初めて行ったときは緊張した。
朝の6時だか、7時だかに雪の積もる信州のスキー場でバスを降りる。他の搭乗者は予約済みのホテルに向かうのだが自分は向かうべきホテルなど無い。
「人間は社会的生物であり、所属する場所が必要である。家族・友人・学校・会社など所属する拠り所がなければ人は生きていくことができない」と言われるらしいが、その言葉を実感する。自分はこの信州の見知らぬ街(しかも氷点下)で一人。帰る場所も寝る所ない。

そう思うと、寒さが一層身に染みてくる。

ゲレンデ周辺の地理に詳しいわけでもなく、テント設営地のあてがあるわけでもない。何とかなるだろうという根拠のない見通しだけでここまで来たのだ。

勢いだけで来たものの、テントを張るようなスペースが無かったらどうしよう?
テントを張った瞬間に地域住民に発見され、ルパンを逮捕するICPOにように警察官が押し寄せ、逮捕されたらどうしよう。
そんな不安も無いことは無かった。

お土産屋、ホテル、居酒屋などが並ぶ表通りを抜けて少し外れまで歩く。よし、いい感じだ。
メインの通りから少し外れた場所に小さな林を見つけた。いい具合に木が集まっている。
道路から外れて、雪をかきわけて歩いていく。ビンゴ!林の裏にちょうどいいスペースを見つけた。道からそれほど遠くなく。かといって道から丸見えではなく木で隠れている。
傾斜も無くなだらか。
これぞベストコンディション。(リフト乗り場まで歩いたり、食料を買いにいかなければならないので、あまり道から遠いとしんどいのだ。)

雪の上は冷たいことを除けばテントに最適だ。地面の石をよけて整地する必要もないし、寝る際にもちょうどよいクッションとなるため寝心地が良い。

雪を踏み固める。

祖父江君たちが苦労してテントを立てたような悪天候でもないため、雪の上にテント本体を広げて、その上でゆっくりじっくりポールを組み立てる。当時、ステラリッジテントはまだ発売されておらず、同じくモンベルのムーンライトテントを使っていた。

組み上がったポールにジョイントを通し、金具を止めればテント本体の完成。
フライシートを重ねれば完璧だ。(雪山用のスノーフライがあれば尚良いのですが、そんなお金は無いので普通のフライシートだけを使っています。)

なんということでしょう。

先ほどまで、信州をあてもなく旅をする根無し草。身も心も吹きすさび、荒れ果てる一方だったが、テントを設営するだけで安住の場所ができ、身も心も一気にホクホク状態。

足元が暗くて見えないなら、一万円札を燃やして明るくしよう。と言わんばかりの心の余裕が生まれてきた。
とはいえ、まだ信州についたばかりの朝8時。1万円札を燃やして明りにするにはまだ早い。
今の自分だったら、テントも立てたことだしまずはコーヒーでも。とか言ってゆっくりし始めて、気が付いたら昼になっている。くらいのもっちゃり感だと思うが、当時はまだチャキチャキ大学生。基本性能が違う。当時の自分が今の自分を見たら、「ザクとは違うのだよ。ザクとは」と言わんばかりの性能差がある。
信州まで来た目的を果たすべく、荷ほどきをする。リュックの両側面にさしてあったスキーを取り外し、金具を装着する。スノーボードの靴を装着する金具は大きく、その都度取り付けが必要なのだ。雪の上でネジをくるくる回し、セットアップする。
ジャケット、ズボンはもちろんスキー用ではなく登山用。ゴアテックスとシンサレート入りで、薄くても防寒性はばっちり。アルペンで売ってる数千円のジャケットとは性能が段違いだ。「ザクとは違うのだよ。ザクとは。クククク」たぶん、一人でつぶやいていたと思う。

ジャケット、ズボン、手袋、ゴーグル、帽子、スキー板。
一式がそろい、いざ出陣。再び雪道をかきわけて通りに出て、ゲレンデへと向かう。
途中のコンビニでパンを買って食べる。

テント、大丈夫かな。。。一抹の不安はよぎるが。こんな貧乏大学生のテントをかっぱらうような世知辛い世の中ではないはず。林で隠されたあのポジションは大丈夫なはず。
そう言って自分を納得させる。

ゲレンデまでたどり着き、リフト券を買って搭乗。

前の方に書いているように、自分はスキーまったくの初心者。
華麗に滑れるわけではない。初心者向けゲレンデに行き、ビクビクしながらゆるゆる滑る。。。スキーの基本はボーゲン。足を逆ハの字にして滑る。。。
短いスキーは不安定なので初心者に向かないという説と、短いスキーは軽くて曲がりやすいので初心者に向いているという説がある。本当のところはよくわからないけど、自分は軽くて足が自由に動くので初心者向けではないのかなあ。と信じている。
ただ、ひとつ言えることは、スノーボードの靴で滑るのは間違いなく初心者向けではない。スノーボードの靴は遊びが多いので力が伝わりにくいため、かなり頑張らないと滑れないようになっているのだ。ただ、当時の自分はそんなことにはまったく気付いていなかった。
だからこそ鍛えられたのかも知れないが。。。
(スノーボードの靴を装着できるタイプのスノーブレードはあまり良くなかったらしくて、2年くらいで販売終了になってしまった。)

ゼーゼー言いながら滑る、リフトで上がる。また滑る。を繰り返す。
極めてストイックに1日滑ると、もうグッタリ。
テントに戻ってご飯食べて眠るだけである。
とはいえ、今思うと、この時の自分はテントでどう過ごしていたのだろう?リフトが終わるのが夕方5時、6時くらい?そこからテントに戻ってご飯食べて、せいぜい8時くらいではないだろうか。スマホも無ければLEDも無い時代。本を読むこともできず、寝るしか無かったはず。9時くらいから寝てたのかなあ。

雪の上のテントで、寝袋に潜り込んで眠る。。。


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