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ミラノ回想録

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毎朝ウィーンのパン屋さんで [ヴィーナー•キプフェル(ウィーン風クロワッサン)ひとつ下さい!]と言っていた学生の私が、ミラノというもう一つのヨーロッパの都会から仕事人生をスタート…
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2020年8月の記事一覧

音楽家のポートレート~Les portraits des musiciens

ユリウス ひどく落ち込んでいる時にわざとあれこれと予定を入れ、心身が麻痺するまで動き続けた挙句に寝坊して、一番大切な用事をすっぽかしてしまうのがユリウスだ。彼の砂漠のように果てしない心の空白は、休みなく動き回ることで辛うじて埋められていると言えるだろう。自分でもそれを知っている。 彼ほどはっきりと自分の欲しいものを知っている人はそう多くないだろう。それはまさに彼の心の中の砂漠をそっくりそのまま、得も言われぬ花の匂いに満ちた春の庭に変えてしまえる女性だった。でも彼にとってそれ

ステファノの死

オーボエ奏者のステファノが死んだと私達が知らされたのは、風が少しだけ夏の匂いを含んだ5月の夜だった。その夜私達は定期演奏会でヴェルディのレクイエムを演奏する予定だった。 私が会場に近づくと、エンリコが道端に佇んで迷子のような顔でこちらを見ている。私を見るなり彼は子供のように泣きじゃくりながら [ステファノが死んじゃった] と言う。 あまりに突然の事で私は返す言葉もなかった。 え?死んだ?何故。。。「死」という言葉が、そこだけ物語のようだった。 楽屋に足を踏み入れるとそこ

Rock me Amadeus...!

オーケストラの仕事は紛れもなく流れ作業だ。毎日毎日リハーサルに行くと、譜面台の上には望むと望まざるに関わらず決められた楽譜がセットされている。当たり前のことだが「この曲が弾きたい!」とか「これは面白い曲だからやろう」ではなく、「これを弾け」という命令に従っているということになる。そして譜面台に乗る曲の回転率が速ければ速いほど、そしてそれを消化していくスピードが上がれば上がるほど、段々と自分が何万個の音符を処理する無機質なマシーンに思えてくる。それでは今まで培ってきた勉強がもっ